日本平和学会2016年度秋季研究集会 報告レジュメ
2016年10月22日(土)
難民・強制移動移民分科会報告
多文化家族への支援に向けて
―フィリピン日本人結婚夫婦を中心に―
名古屋学院大学
国際文化学部
佐竹 眞明
キーワード:多文化家族、国際結婚、多文化共生、支援
1.はじめに
日本では国際結婚が増加し、日本人や外国人配偶者、子どもといった当事者が増えてきた。しかし、政府や自治体による外国人施策では、国際結婚の家庭は独立した対象として取り上げられていない。「多文化共生」に向けた施策は展開されるが、様々な問題を抱える国際結婚家庭への支援は十分とはいえない。そうした問題意識に基づき、報告者は2014年より、多文化家族への支援実態や、当事者であるフィリピン人女性と日本人男性の夫婦に対して、調査を行ってきた。この報告では、まず多文化家族の概要、直面する問題点及び支援に触れる。次いで、事例を紹介した後、分析し、全体をまとめる。調査事例に基づき、支援のあり方、必要性を考えてみたい。
2.多文化家族と支援
(1)定義
「多文化家族」とは日本で暮らす日本人と外国籍者との婚姻家庭を指す。帰化により日本国籍を取得した人と日本人との婚姻家庭、日本人と婚姻した外国籍者が帰化により日本国籍を取得した婚姻家庭も含む。そして、子どもを抱える国際離婚家庭も含む。
多文化家族という用語を用いる理由は3点ある。第1に、この語が「ダブル」の子どもを含め、新しい家族像を示唆すること。第2に「多文化共生」の視点から家族を考える必要があること。第3に、韓国で2008年に制定された「多文化家族支援法」の立法趣旨に注目すべき、という点である(佐竹他2015a)。
(2)多文化家族とその子どもの数
日本における国際結婚は1978年の6280件から、2006年の4万4701件と4倍に増えた。その後、数は減り、2015年には2万976件で、1988-89年頃の水準である。とはいえ、1989年以降毎年2万組の国際結婚が成立し、離婚もあるが、婚姻世帯の総数は相当数に達する。2010年国勢調査によると、日本における日本人と外国籍の夫婦数は31万9962である。うち、23万181組(71.9%)が夫日本人・妻外国人、8万9781組(28.1%)が妻日本人・夫外国人である。妻の国籍は中国7万262人、フィリピン6万9059人、韓国・朝鮮4万4193人などである。日本人と帰化者の夫婦、シングル・パレンツの家庭も相当存在する。
他方、厚生労働省の統計によると、父母の一方が外国という子どもの出生数は1995年以降、毎年約2万人である。2015年では1万9079人である。1997年から2015年までの19年間の累計では41万2520人となる。他に帰化した親と日本人との間に生まれた子ども・若者もいる。
まとめると、少なくとも日本人の夫か妻が32万人、外国籍の夫か妻が32万人、子ども・若者が40万人はいる。つまり、多文化家族の当事者は100万人を超える(佐竹他2015a:63)。
(3)多文化家族の直面する問題
一般的に5点指摘できよう。1.夫婦間の言葉の相違によるコミュニケーションの難しさ、2.夫婦間の文化や家族観の違いによるトラブル、3.日本人の夫による外国人配偶者に対する暴力(DV)、4.外国人配偶者の低所得傾向(教育歴が生かされず、工場・サービス業で就労)、5.子育て・教育(子どもに対するいじめ)である(佐竹2015:52-53)。
(4)多文化家族への支援
政府の外国人政策、自治体の施策では国際結婚・多文化家族は独立して取り上げられていない。例えば、2006年の総務省『地域における多文化共生推進プラン』では外国人は「外国人住民」としてほぼ一括され、「外国人」「外国人労働者」「外国人の子ども」という語が散見されるだけである。他方、2009年、内閣府の政策「共生社会」に定住外国人施策が加えられ、日系定住外国人施策が始まった。南米日系人を対象としたが、2010年の「日系定住外国人施策に関する基本指針」は「可能な限りこれらの[=日本に居住する=引用者]他の外国人に対しても施策の対象とすることが望ましい」として、他の外国人への適用を提案した(近藤2011:11)。よって、外国人配偶者も「可能な限り」施策の対象となり得るが、多文化家族への支援は依然不十分である。
3.事例研究
(1)調査・事例概要
2015年7月からフィリピン人日本人結婚夫婦を対象に、フィリピン女性10名、日本男性7名に聞書き、質問票記入によって調査を実施した。うち、聞き書き及び質問票記入のある3夫婦、質問票記入のあるフィリピン女性5名、日本男性5名、合計フィリピン女性8名、日本男性5名の例を紹介する。居住地は愛知・岐阜・香川県のいずれかである。妻の年齢は29~53、夫の年齢は47~70で、結婚年数は2~22年である。知り合った経緯は妻の日本での就労(エンターテイナー)が5、日本人と結婚していた(義)姉の紹介が3、友人の紹介が1などである。妻は全員永住ビザを取得している。職業をみると、妻はパート労働が3、無職が3、常勤通訳が1、常勤英語教師が1である。夫は公務員が1、自営業が1、会社員が1、無職(生活保護・年金)が2である。次いで、妻の日本語能力をみると、話し読み書きができるは2、話せるが、読み書きが難しいは5、すべてに弱いが1である。こうした事情を反映して、妻は結婚生活で大変だったこととして、夫とのコミュニケーション(1)、病院に行った時(3:説明がわからない、病状を説明できない)、夫・親戚とのけんか(2)を挙げる。日本語能力が原因で就労できない事例も1つある。他に仕事が大変(2)との回答もある。夫3名も言葉で苦労しているという(微妙な表現が伝わらない、十分なコミュニケーションができない、ジェスチャー・妻の努力で克服)。
困った時、夫が助けに乗るか、妻に質問すると、4人はいつも助ける、2人は時々、2人はあまり助けずとのことだった。一方、日本人と結婚している姉、フィリピン人の友人が助ける・相談に乗るという例が各4名いた。子どもが助けるも2名いた。姉の支援はいわゆる「連鎖移民」の利点である。子どもが助ける場合、成人に達した娘が相談に乗る、言葉で困った時に説明してくれるという。また、フィリピン人の友人が助けてくれる4名のうち、2名は「夫はあまり助けない」という。夫に頼れず、ときに夫に苦労しながら、同胞の友人に助けられる構図が見える。他方、「夫がいつも助ける」妻2名はフィリピン人の自助組織(United Filipino Community in Higashiura)や自治体、市役所の支援も受ける。夫側が受ける支援としては役所2名、妻の姉2名、日本人の親戚1名である。
どんな支援が必要か、については、「わからない」や無記入の回答もあるが、女性5名は読み書き、1名は話し読み書きに苦労しており、日本語学習の支援を求めている、と解釈できる。妻との意思疎通で現在も苦労する夫も市民団体による言葉の支援と明記・名言した。日本語の学習支援は依然として、必要性が高いと思われる。病院で困るとした3人については医療通訳の必要性が指摘できよう。日本語能力ゆえに希望した職につけなかった女性は日本語学習に加えて、就労支援も求められる。この点、2009年厚生労働省が南米日系人向けに開始した「日系人就労準備研修」が2015年「外国人就労・定着支援研修」と名称を変え、外国人配偶者も受講しやすくなった。活用が望まれる。
(2)事例の分析
「支援」を考えた場合、夫婦相互による支え、そして、子どもによる支えがある。それは家族・私的領域である。さらに、フィリピン妻の姉や、日本人夫の親戚といった血縁者・私的領域における支援がある。そうした私的領域を取り巻いて、近所の人・友人といった地域社会による支援がある。さらに、それらを取り巻いて、市民団体(フィリピン人団体を含む)や行政の支援がある。これは公的領域である。家族・私的領域、血縁者・私的領域、地域社会が「支援」「共生」の基本領域である。しかし、そこで問題が発生し、支えきれず、問題が解決しないという場合もある。例えば、意思疎通の困難、医療受診における支障、就労の困難、夫によるDVといったケースである。その意味で団体や行政による公的領域における支援は必要不可欠である、という点が事例から確認できた。
4.全体のまとめ
多文化家族の当事者は国際結婚の夫婦、子ども、シングルペアレンツ、帰化者を含むと相当な数に及ぶ。外国人の配偶者は家族、地域を支える(佐竹2016:107)。子どもたちも様々な場で活躍している(野口2015)。しかし、家族は2(3)で記したような問題にも直面している。なかには特有の問題・課題もある。例えば日本人配偶者によるDVについては日本人夫婦でもDVは発生する。だが、国際結婚では女性に対する性的差別に加え、民族的な差別・偏見が原因ともなっている。そして、日本人配偶者による異文化への理解や尊重を促す必要もある。多文化共生の理念・施策に基づく公的支援は相応に提供されているが、当事者数の多数さ、特有の問題・課題を踏まえ、多文化家族への支援が拡充されるべきである。
さて、日本には外国人移民に関する政策がない。2016年「ヘイトスピーチ対策法」は制定されたが、移民の権利全般を保障する法律は制定されていない。その意味で、外国人基本法もしくは多文化共生法の制定が求められる(近藤2015:16)。合わせて、当事者の多さ、特有の問題を踏まえて、多文化家族への支援に向けて政策、立法が検討されるべきである(佐竹他2015a:64; 2015b:212)。韓国では2007年在韓外国人処遇基本法、2008年多文化家族支援法が制定された。韓国の実践的取り組みは日本の多文化家族支援にも示唆を与える(金他2016:143)。日本でも当事者の実情、声を反映させた支援が求められる。
参考文献
金愛慶他(2016)「韓国の多文化家族に対する支援政策と実践の現況」『名古屋学院大学論集』(社会科学篇)、第52巻第4号、2016年3月、113-144頁.
近藤敦(2011)「多文化共生政策とは何か」同編『多文化共生政策へのアプローチ』明石書店.
近藤敦編著(2015)『外国人の人権へのアプローチ』明石書店.
佐竹眞明(2015)「多文化家族への支援―積極的平和の視点から」『INTERJURIST』国際法律家協会、第186号、2015年11月.
佐竹眞明(2016)「四国の山村における国際結婚―フィリピンからの『小さな民』の生き方」甲斐田万智子・佐竹眞明・長津一史・幡谷則子共編著『小さな民のグローバル学―共生の思想と実践をもとめて』、上智大学出版.
佐竹眞明他(2015a)「多文化家族への支援に向けて―概要と調査報告」『名古屋学院大学論集(社会科学篇)』 第51巻第4号、2015年3月、49-84頁.
佐竹眞明他(2015b)「東北・宮城、東海・愛知における多文化家族への支援」『名古屋学院大学論集(社会科学篇)』 第52巻第2号、2015年10月、211-236頁.
野口和恵(2015)『日本とフィリピンを生きる子どもたち―ジャパニーズ・フィリピノ・チルドレン』あけび書房.