都市部における市民発電事業モデルをつくる

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日本平和学会2016年度秋季研究集会

ラウンドテーブル「多摩地域発 平和な社会づくりにむけた挑戦」(開催校企画)

 

都市部における市民発電事業モデルをつくる

たまエンパワー株式会社 代表取締役 

山川 勇一郎

 

1.東日本大震災と市民運動の萌芽

 2011年3月11日に発生した東日本大震災とそれに端を発する福島第一原子力発電所の事故は、多くの人たちにそれまでほとんど意識せずに使ってきた電気というものを強烈に意識させる出来事でした。

 時を同じくして固定価格買取制度(FIT)が国会を通過、翌2012年7月に施行されたのを契機に、日本は空前の太陽光ブームに沸くことになります。一方ドイツやデンマークでは、主に地域の農家などの地域住民がお金を出し合うなどをして、自分たちの消費するエネルギーを自らの手で作る「コミュニティパワー」と呼ばれるエネルギー自治運動が急速に広がり、ドイツでは「エネルギーヴェンデ」と呼ばれる社会構造変革の重要な役割を担うまでになっていました。

 これら欧州の一連の運動が日本にも伝わり、「ご当地電力」「市民電力」と呼ばれ、拡大の兆しを見せ始めていました。そうした中、多摩地域で住民自らがエネルギーの地産地消を実現するという志を持って、多摩地域の住民が主体となって2012年5月に一般社団法人多摩循環型エネルギー協会(多摩エネ協)が設立されました。

 

2.市民出資型屋根借り太陽光発電事業の展開

 多摩エネ協設立後まもなく、環境省の「地域主導型再生可能エネルギー事業化検討モデル業務」に採択され、同10月に多摩電力合同会社(たまでん)を設立、事業化に向けて一歩を踏み出しました。多摩地域は地方のような広い土地はないものの、人口の7割が集中する多摩ニュータウンの集合住宅の屋根の多くは空いており、太陽光発電が設置可能な屋根を試算すると約100万キロワット(約原発1基分)に上ることがわかりました。

 しかし、太陽光発電の設備価格は当時まだ高く、建物所有者が資金を拠出して太陽光発電を行うには限界があり、また、自分で行うことが困難な人でもエネルギー自治の動きに参加可能な形を考えた結果、事業者が「市民ファンド」という形で市民から資金を調達し、建物所有者から屋根を借りて太陽光発電を設置、電力会社へ売電した収益で事業を行ういわゆる「屋根借り太陽光発電」を計画しました。当時都市部においてそうした例は皆無であったため、上記環境省モデル事業では、多摩市、多摩信用金庫、多摩市商工会議所、有識者等で構成される「多摩市再生可能エネルギー事業化検討協議会」を設置、都市部で展開をする上の課題を検討しながら、事業化を進めました。

 第1号機は少人数私募債方式で900万円の資金を市民から調達して多摩市内の大学の屋根に設置、その後はトランスバリュー信託(現・楽天信託)を通じて「たまでん債」と名付けた信託商品を発行、2期・3,830万円を調達、残りは多摩信用金庫からの融資で民間の福祉施設、企業、多摩市と青梅市の公共施設と計13か所550kWの発電所を多摩地域に展開してきました。これら一連の動きは、都市部での市民発電モデルとして全国に知られるようになりました。

 

3.太陽光ブームの終焉と事業の再編

 FIT法は、再生可能エネルギーの導入初期段階において、発電した電気を20年間にわたって電力会社の買い取りを義務付ける制度で、需要を喚起して投資を誘発し、普及を促進するための政策的措置で、その原資は一般市民の電気料金の中で「賦課金」という形で徴収されています。日本において導入後3年間は、設備価格に対して買取価格がやや高めに設定(特に太陽光)されたこともあり、主に投資目的の太陽光発電が急速に拡大、設備認定量は2014年までで80ギガワットを超え、日本列島は空前の太陽光ブームとなりました。

 しかしそうした中、2014年9月に、最も導入の進んでいた九州電力管内において、契約済の電力需給契約を含めた接続保留を九州電力が一方的に発表、市場は大混乱となりました。これを契機に、太陽光発電の負の側面が社会的にクローズアップされるようになり、FIT法も太陽光を抑制する方向で法改正が行われることになりました。FITの買取価格も続落し、多摩地域では本丸であった集合住宅への普及は道半ばの段階で戦略の見直しを迫られることになりました。

 他方、電力システム改革の一環として2016年4月に電力の小売が全面自由化、今まで9社独占の垂直統合型の電力業界に風穴が空き、発電だけでなく電力を販売する道が開かれました。加えて太陽光の設備価格は続落し、一部に電気料金を下回るケースも見えてきたことから、売電するより自家消費するほうが経済的にもメリットがある状態となってきました。

 これらの社会情勢を踏まえ、多摩では既に稼働済の発電所の管理を行う会社と、自家消費を含む屋根上太陽光および省エネルギーその他のエネルギービジネスを行う新会社に事業を再編し、引き続き都市部において積極的にエネルギーの地産地消を果たしていくため、2015年4月にたまエンパワー株式会社(TEP)が設立されました。

 

4.たまエンパワーの展開

 FIT施工後、日本において稼働した太陽光発電所は約30GWに上りましたが、日本全体のエネルギー需要の10%にも満たず、かつそのほとんどは地方に集中しています。TEPは多摩地域を中心としたエネルギーの一大消費地の東京からエネルギーの地産地消を進めるために、FITに頼らない自家消費を含む太陽光発電および蓄電設備の普及、建物の省エネルギーの促進、自治体のエネルギー政策の助言等の事業を行っています。

 中心は太陽光発電と蓄電池を組み合わせた「エネフローラ」と呼ばれるサービスです。その特徴としては、多摩地域でも各地に存在する市民電力や地域の施工店とパートナーシップを組み、技術的・政策的ノウハウの共有、最適な機器の選択と共同購入による価格の低減、営業・ファイナンス面のサポート、発電所の維持・管理方法の仕組み化など、地域主導の事業推進ノウハウを体系化し、個々の団体・企業が単体ではなく、面としてエネルギー自治を推進していくことにあります。

 たまエンパワーは現在首都圏15の企業・団体とパートナーシップ契約を締結し、更にその倍の数の団体と緩やかにつながっています。こうした「実践するコミュニティ」を形成することで、単体では足りないノウハウや技術、調達能力を補いながら首都圏中心に事業を展開しています。事業開始後1年が経過し、パートナーシップの中から新たなサービスが生まれるなど、有機的な連携が行われ始めています。

 

5.平和構築に向けたエネルギー自治

 多摩エネ協、たまでん、たまエンパワーに至る一連の活動の立脚点は、中央集権型・大企業中心から、分散型・地域中心の社会構造への転換にあります。そのためには地域、市民一人一人がイニシアティブを取ることが必要不可欠で、私たちは再生可能エネルギーをそのための一つの手段と捉えています。

 世界がグローバル化する一方で、地域の果たす役割もますます大きくなっています。再生可能エネルギー事業を通じて人・モノ・金が地域で回る仕組みをつくり、継続的に地域で雇用を生み出していくことは、人口減少・過疎化・高齢化の進む地方でより顕著に求められますが、東京・多摩地域も例外ではありません。

 もとより、エネルギーの一大消費地である東京は原発事故の責任の一端を担っているとも言え、少しでも外部のエネルギー依存度を下げていく社会的責務があります。そして、未だエネルギーのほとんどを外部に依存している現在の東京にあって、ひとたび震災が直撃すれば私たちの生活は立ちどころに行き詰ってしまいます。

 しかしながら、こうした現状に対して国や地方自治体ができることには限界があります。今後は公共の一部を民間企業や市民が担いながら、自らの手で安心・安全な地域を創っていくという視点が必要となるでしょう。エネルギー自給の取り組みはこのような地方自治、市民社会形成のための有力なツールと言えます。

 こうした活動により多くの市民や企業が参画し、地域を自らの手で創っていくプロセスそのものが地域の絆を深め、地域への愛着を高めることにもつながります。そうした小さな実践の積み重ねが平和な社会づくりにもつながると考えています。