日本平和学会2016年度秋季研究集会
報告レジュメ
タックス・ヘイブン問題の解決に向けて
─構造的要因と対抗策の検討─
北海道大学 法学研究科 博士後期課程2年
日本学術振興会 特別研究員DC1
津田 久美子
キーワード:タックス・ヘイブン、租税回避、グローバル化、主権国家システム、課税主権、グローバル・ガバナンス、グローバル連帯税
1.はじめに
パナマ文書をきっかけに、国際社会はあらゆる施策を通じてタックス・ヘイブン包囲網を強化しようとしている。それら種々の取り組みを理解するために、本報告は、タックス・ヘイブンをめぐる構造的な要因―グローバル化と主権国家システム―に着目する。そして、タックス・ヘイブン対抗策の認識枠組みを提示する。これは、既存の取り組みを評価すること、さらには今後求められる施策を展望することにつながるだろう。
2.タックス・ヘイブンの問題性
年間数十兆ともいわれる世界の租税回避マネーは、国家財政に深刻な影響を与えている。一般に担税力のある法人・富裕層ほどその資本・資産を隠匿しているため、租税回避による国庫への負担を被るのは中間・低所得者であり、タックス・ヘイブンは不平等の温床となっている。さらに、あまり知られていないが、こうした租税回避行動によるダメージは先進国よりも途上国や新興国のほうがより深刻である。なぜなら、途上国・新興国は先進国に比べて付加価値税/消費税から潤沢に徴税できるわけではなく、法人税や所得税への依存度が高いためである。また発展途上国は税務当局の徴税能力が相対的に乏しく、多国籍企業や富裕層が資産を移転しやすいという事情もある(Pogge & Mehta 2016)。
問題は純粋な税金の流出にとどまらない。パナマ文書が白日の下に晒したように、タックス・ヘイブンは政治家・高級官僚の贈収賄の隠匿にも利用されている。マネーロンダリング(資金洗浄)、人身売買、違法な武器・麻薬等の取引といった、あらゆる犯罪の温床にもなっている。またタックス・ヘイブンには多くのヘッジファンドが設立され不透明かつ過剰なマネー取引の舞台になっており、金融危機の発生にも深く関与している。
タックス・ヘイブンの根源的な問題はその秘密性である。不透明なマネーの流れを押さえないことには、悪事を暴きようにない。その点でパナマ文書の功績は大きい。しかし透明性を確保して秘密性を打ち破ることは、必要不可欠な取り組みではあるものの、十分ではない。租税回避行動が「合法」だという主張が通用してしまう限り、根本的な解決にはならないためである。
3.タックス・ヘイブンの構造的要因
租税回避行動は、歴史的に見れば新しいものではない。古くは中世から陸続きのヨーロッパで資産隠匿が行われてきたという。しかし、徴税から逃れたいという人間の感情だけがタックス・ヘイブンを生きながらえさせてきたわけではない。グローバルな経済活動にタックス・ヘイブンが組み込まれてきた背景には、大きくわけて2つの構造的な要因がある。
(1) 経済・金融のグローバル化
ヒト、モノ、カネが国境を越えて飛び交うグローバル化もまた新たな現象ではない。しかし第二次世界大戦後のグローバル化、とりわけ1970-80年代の技術革新と規制緩和を背景に急速に進んだ金融市場のグローバルな統合が、多国籍企業によるタックス・ヘイブンの濫用やオフショア/オンショア金融センターの興隆に寄与した。また金融機関、法律家や会計士などタックス・プランニングのスペシャリストたちが国境を越えて活動し、複雑怪奇な租税回避スキームを生み出してきた(「グローバル・ヘイブン・インダストリー」(Henry 2016))。統合されたグローバル市場において圧倒的な量・スピードで越境するマネーの流れ(とそれに関わる人・企業の動き)を、もはや一国家では制御することはできない。
(2)主権国家システム
タックス・ヘイブンの国や法域は、そのほかの諸国が徴税する課税権を持つのと同様に、課税主権に基づきグローバル経済活動に非課税法域を提供している。ちょうどパナマが便宜置籍船を多く提供しているように、自らの主権を豊かな人々や企業に貸し付けているのである(「主権の商業化」(Palan 2002))。それは主権という国際社会において強靭かつ正統な論理にもとづく行為であることによって、容易に切り崩すことができない。
つまりタックス・ヘイブンは、ますます「統合」されたグローバル経済・金融システムおよび主権国家ごとに「分断」されている国際社会の性質の双方に深く根差して存在している。そのため諸国は、対抗策を打ち出したくとも容易には身動きが取れない。タックス・ヘイブンを温存する構造的な力が国際社会に埋め込まれているのである。
4.タックス・ヘイブン対抗策の枠組み
「統合」と「分断」のはざまにタックス・ヘイブンという抜け穴が存在しているのであれば、構造的なズレを是正しなければその穴を埋めることはできない。すなわち、(1)「統合」されたグローバル市場を「分断(分散)」すること、(2)「分断(分散)」されている課税主権を「統合(集権)」することが必要となる。
(1) 分断 ――グローバル経済・金融を制御する
「分断」とはグローバル化の流れを止める、あるいは逆行するという考え方ではなく、国境を越えて飛び交うマネーを各国が自律的に規制・制御する力を取り戻すという考え方である。鍵となるのは、タックス・ヘイブン側の主権(非課税という消極的な課税主権)が、そのほかの国々の主権(徴税する積極的な課税主権)を侵害している、という規範的な要請である。この論理こそ、タックス・ヘイブン側の主権に対抗し、秘密に包まれた「グローバル・ヘイブン・インダストリー」の活動を透明化することができる。「分断」とは言うなれば、グローバル経済・金融の「民主化」でもある。
今日「分断」の取り組みは徐々に進んでいる。たとえば、他国の金融口座の情報を開示する取り組み(自動情報交換)や、多国籍企業の取引情報を文書化し提出させる国別報告書の多国間枠組みが制定・構築されつつある。ただしこれらの取り組みは、透明性を確保することで企業や富裕層が租税回避を自制する効果が期待できるものの、タックス・ヘイブンそのものを根絶させるものではないことに留意する必要がある。
(2) 統合 ――グローバル租税ガバナンスを展望する
越境マネーの対処にはグローバルな取り組みが不可欠である。タックス・ヘイブン問題に取り組む国際機関・フォーラムとしては、OECDをはじめ、マネーロンダリングに関する金融活動作業部会(FATF)、税の透明性及び税務目的の情報交換に関するグローバル・フォーラムなどが既に存在する。しかしこれらの国家間協力には法的拘束力がなく、統合されたグローバル市場に対抗するには弱含みである。そこで、より強制力をもつさまざまな提案がなされている。タックス・ヘイブンに対し制裁・罰則を課す「国際金融憲章」(ロドリック 2014: 301)、法的拘束力をもつ国際条約として「国際金融透明性条約」(Tollan 2016)、WTOのような監視・紛争解決機能を併せ持つ「世界租税機構(World Tax Authority)」(Tanzi 2016)、などである。
これら新たなグローバル・ガバナンスの実現は容易ではない。世界政府なき国際社会において「統合」とはすなわち主権への制約も意味するため、諸国の抵抗が予想される。しかしパナマ文書以降、OECDでも基準を満たさない非協力国への制裁措置を検討し始めたことから、より強制力をもったグローバルな措置の制定が進むかもしれない。
5.おわりに ――グローバルな徴税・再分配への道?
これまで見てきた取り組みや提案には、「分断」「統合」のいずれにせよ、徴税や税収の再分配はあくまで各国家が実施するという共通の前提がある。「代表なくして租税なし」という国民国家の大原則が内在していると言えよう。しかしタックス・ヘイブンという抜け穴があるために、合法的に「代表あれども租税なし」という逆転現象がまかり通っている現状は、国民国家のあり方が根底から脅かされている状態といっても過言ではない。これに対処するには、徴税や再分配のあり方を再検討することが必要なのではないだろうか。
一つの案は、グローバルな徴税・再分配であろう。これは諸国の課税主権の究極的な「統合」と言える。しかし課税という強制的な資産移転をグローバル・レベルで実施することこそ、巨大な権力組織による「代表なくして租税なし」という状況を生み出す危険性をはらむ。徴税と再分配のグローバルな実施には、課税主権を「統合(集権)」することの正統性の問題が常につきまとうだろう。
正統性問題を検討するうえで有用な先例に、グローバル連帯税の取り組みがある。たとえば、9カ国で実施されている航空券連帯税の税収を主たる財源とするUNITAID(国際医薬品購入ファシリティ)のガバナンスが参考になるだろう。他方で、現在EUで実現が模索されている金融取引税をめぐっては、EUという超国家機関において越境的な課税制度を取り決めることの違法性を問う主張があり、正統性問題を抱えている(津田 2016)。これらの実践例は、タックス・ヘイブンへ逃げていくマネーに税を課し、その税収を公平に再分配するための施策を構想するうえで重要な示唆を与えるだろう。
参考文献
グローバル連帯税推進協議会、2015年「持続可能な開発目標の達成に向けた新しい政策科学 ―グローバル連帯税が切り拓く未来―」< http://isl-forum.jp/wp-content/uploads/2015/12/GST_Final-report.pdf>
志賀櫻、2013年『タックス・ヘイブン—逃げていく税金』岩波新書
津田久美子、2016年「「車輪に砂」――EU金融取引税の政治過程:2009-2013年」『北大法学論集』66巻6号および67巻1号
ロドリック、ダニ(柴山桂太、大川良文 訳)、2014年『グローバリゼーション・パラドクス—世界経済の未来を決める三つの道』白水社
Henry, James S. (2016) “Let’s Tax Anonymous Wealth! A Modest Proposal to Reduce In equality, Attack Organized Crime, Aid Developing Countries, and Raise Badly Needed Revenue from the World’s Wealthiest Tax Dodgers, Kleptcrats, and Felons” in Thomas Pogge & Krishen Mehta (eds.), Global Tax Fairness, Oxford University Press.
Palan, Ronen (2002) “Tax Havens and the Commercialization of State Sovereignty” International Organization, Vol. 56, No.1.
Pogge, Thomas & Krishen Mehta (2016) “Introduction: The Moral Significance of Tax Motivated Illicit Financial Outflows” in Global Tax Fairness.
Tanzi, Vito (2016) “Lakes, Oceans, and Taxes: Why the World Needs a World Tax Authority” in Global Tax Fairness.
Tollan, Harald (2016) “An International Convention on Financial Transparency” in Global Tax Fairness.