日本平和学会2016年度秋季研究集会
報告レジュメ
国連PKO文民の保護マンデートにおける文民要員の重要性:
国連南スーダン共和国ミッションの教訓からの考察
東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻
人間の安全保障プログラム博士後期課程
藤井 広重
キーワード:国連平和維持活動、南スーダン、文民の保護、国内避難民、国際人権
1.はじめに
昨今、国連平和維持活動(PKO)を巡っては、日本で安全保障関連法が2016年3月29日に施行されたこともあり、軍事的側面が大きく取り上げられている。これは重要なテーマではあるものの、多機能型PKOでは、軍事要員だけではなく文民要員も紛争後の平和構築に取り組んでおり、文民要員が果たす役割についての考察を加えることは、国連PKOを論じる際に重要な視座となる。そこで本報告では、2015年12月(安保理決議第2252号採択)までを射程に、南スーダンに展開中の国連PKOによる文民の保護(Protection of Civilians)事例に関する分析を通し、国連PKOにおける文民要員の重要性を提示する。
1999年からシエラレオネで展開した国連シエラレオネ・ミッション(UNAMSIL)の設置決議(S/RES/1270)で文民の保護マンデートが付与されて以降、文民の保護は、現在の国連PKOの主要な任務の一つとなった(清水 [2012])。今回の報告で取り上げる国連PKO南スーダン共和国ミッション(UNMISS)にも、文民の保護マンデートが付与されており、2013年12月危機発生直後から、主に国内避難民を対象として、国連敷地内で文民の保護サイト(POCサイト)と呼ばれる保護措置にも取り組んでいる。この国連PKO初の取り組みであるPOCサイトをめぐっては、多くの避難民の生命を守ったと評価される一方、新たな課題も指摘されている。
2. 2013年12月危機前後におけるUNMISSマンデート
UNMISSは、南スーダン独立直後の2011年に安保理決議第1996号によって設置され、平和の定着及び国造りを主たる目的とした。代表的な取り組みとして、この決議では法の支配や治安・司法部門強化支援といったマンデートが付与され、UNMISSには法の支配・治安機構支援室が設置された。同室内には矯正助言部、司法助言部、軍事司法助言部及び治安部門改革部が設けられ、同国における法の支配に係る分野の発展に取り組んでいた。換言すれば、この時のUNMISSの任務は、政府を支援することであった。しかし、2013年12月に南スーダン政府と反政府勢力との間で衝突が起き、同国内で数万人が殺害され、数百万人の避難民が発生した。そしてこの衝突は、瞬く間にディンカ族とヌエル族との民族紛争の様相を呈し全国へと拡大していった(藤井 [2016])。
この2013年12月危機を受け、国連安保理は、UNMISS軍事要員を活動当初の7,000名から12,500名に増員することを決定した。そして、2014年5月に安保理決議第2155号を採択し、文民の保護を中心とするPKOマンデートへと大幅な変更を行い、この時、軍事要員を増やす代わりに、文民要員の削減も決定された。中でも法の支配・治安機構支援室は、司法分野のマンデートが削除されたことに伴い閉鎖され、同室が担当してきた法の支配に関する取り組みは中断することになった。つまり、これまでは政府を支援するマンデートであったが、2013年12月危機以降、文民を保護し、政府や反政府勢力の活動を監視及びモニタリングすることがUNMISSの主要な任務となったのである。
3.POCサイトの概要
2013年12月危機では民族に基づく暴力が繰り返され、大量の避難民が国連敷地内での保護を求めた。UNMISSは、避難民の国連敷地内での滞在をあくまでも一時的な措置として受け入れた。国連PKOは、過去にも少数の避難民を国連敷地内で数時間及び数日単位で保護したことはあったが、2013年12月から今に至るような長期に渡って、同様の措置が取られたことはなく、これがUNMISSに大きな負担となっている。なお、2015年12月21日の時点で、POCサイトは、6地域で185,498名の避難民を保護していた。(UNMISS Media & Spokesperson Unit, POC Site Update, 21 December, 2015.)
4.POCサイトの課題
POCサイト内での課題は、混雑した居住地、衛生環境、治安等、多岐にわたり、POCサイトは、UNMISSにとっての時限爆弾とも評される(Mamiya [2014])。なかでも、UNMISSの正統性に直結する深刻な課題として、POCサイト内で発生した犯罪への対応の難しさが指摘されている。2013年12月から2015年9月までの間、軽犯罪や重犯罪を含み2900件を超える事件がPOCサイト内で発生したことがUNMISSには記録されている(S/2015/899.)。これら犯罪に関与したと疑われる者たちをUNMISSは如何に扱うべきであろうか。UNMISSには、司法行政を代替できるようなマンデートは与えられていない。このため、被疑者を確保しても現地の司法機関に速やかに引き渡さなければならない。しかし、POCサイト内に滞在している避難民の中には、政府側から暴力を受けた者たちもおり、同国司法機関に引き渡すことが適切な対応とはいえない状況がある。そこで、UNMISSはPOCサイト内に、矯正施設を設置し、一時的に被疑者を収容している。だが、ここでも新たな課題が生まれている。
まず、この矯正施設の管理の問題が挙げられる。安保理決議第2155号以前のマンデート下で、南スーダンの矯正施設に助言・指導する任を担っていた政府派遣要員(GPPs)である矯正担当官が、POCサイト内に設置された矯正施設の管理を行っている。だが、2013年12月に92名が勤務していたGPPsは(DPKO [2014])、安保理決議第2155号を受け、その数は2014年12月の時点で10名ほどに削減されており、この矯正施設の運営がUNMISSの負担となっている。次に、被疑者の拘禁期間についてであるが、UNMISSは、国際人権基準に則って被疑者を取り扱うよう南スーダン政府とMOUを締結した後、引き渡しを行っている。だが、そもそも南スーダンの司法行政は非常に脆弱であり(藤井 [2016])、同国政府が、自国の負担となる被疑者の引き受けに前向きではなく、交渉にも時間がかかっている。これが、裁判前の長期に渡る拘禁につながってしまっており、結果的にUNMISSが国際人権基準を遵守していないように見えてしまう。
5. 安保理決議第2252号からみる課題への対応
2015年12月に採択された安保理決議第2252号では、決議第2155以降、大幅な変更なく派遣期限の延長が続けられてきたUNMISSのマンデートに異なる特徴が見られた。それが、治安部門改革のマンデートが付与されたことであり、また、UNMISSの矯正担当官を78名に、国連警察要員も、1,323名(S/RES/2223)から2001名へと増員されたことであった。これら文民要員の増加は、現場で直面している上記で示された課題への対応であった。
6. おわりに
文民の保護が国連PKOの主要な任務となって以降、先行研究においても、理論上及び戦略レベルでの考察は蓄積されてきたものの、戦術レベルでの現実の対応については、その具体例も乏しく、更なる検討が今後も必要であると思われる。そのような中、南スーダンで実施されたPOCサイトに係る取り組みは、今後もPKOに付与される文民の保護マンデートについて多くの教訓を提供している。とりわけ本報告では、POCサイトの事例分析を通し、国連PKOが一般市民に対し具体的な保護措置を講じるほど、現場において文民要員が果たす役割の重要性が高まることを明らかにする。南スーダンでは、2016年に入り、新たな情勢変化が見受けられる。今後も注視し考察を加えていきたい。
参考文献
井上実佳(2011)「1990年代以降の国連平和維持活動の変遷 -国連憲章第7章下の任務に着目して」『修道法学』33巻2号.
島田征夫(2005)「国内避難民の安全地帯と国際法」島田征夫編『国内避難民と国際法』信山社.
清水奈名子(2012)「国連安全保障理事会と文民の保護—平和維持活動における任務化とその背景」『国際法外交雑誌』第111巻第2号.
墓田桂(2015)『国内避難民の国際的保護 越境する人道行動の可能性と限界』勁草書房.
藤井広重(2016)「南スーダンにおけるハイブリッド刑事法廷設置の試み—外と内の論理からの考察」『アフリカレポート』第54号.
Mamiya, Ralph (2014) “Legal Challenges for UN Peacekeepers Protecting Civilians in South Sudan” ASIL Insight Vol. 18, Issue 26.
Mooney, Erin (2016), “Displacement and the Protection of Civilians under International Law,” Protection of Civilians, edited by Haidi Willmot, Ralph Mamiya, Scott Sheeran, and Marc Weller: Oxford University Press.
UN Department of Peacekeeping Operations (2014), “Justice and Corrections Update 2014”.