人類遺産相続基金と歴史的正義回復審判所の設置を実現するために

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<日本平和学会2016年度秋季研究集会報告レジュメ(明星大学、2016年10月23日)>

人類遺産相続基金と歴史的正義回復審判所の設置を実現するために

 

法政大学社会学部

岡野内 正(otadashi@hosei.ac.jp)

キーワード:階級分析、多国籍企業、帝国主義、人類遺産、歴史的正義回復

 

1.そろそろ「階級」の話をしよう

 経済の仕組みの中での役割にほかならない「階級」の観念(マルクス、ウェーバーなど)は、「平等社会」がタテマエの欧米社会のタブーであり、日本の平和学でもそれは受け継がれている。だが、21世紀になっても人類の9人に1人を飢えさせるグローバルな経済の仕組みは、構造的暴力であり、階級支配にほかならない。そろそろ「階級」の話をしよう(岡野内2016、スタンディング2016)。

 

2.グローバルな階級支配の仕組み

 9人に1人を飢えさせる経済の仕組みを固守するグローバルな階級支配の担い手の中心には、グローバル企業があり、その支配者は、過半数議決権株主だ。全世界の多国籍企業約4万7千社の2007年の株主データベース(Orbis database)に基づく、株式所有のネットワーク分析によれば、そのほとんどは、複雑で巨大な網目状となってつながり、会社どうしの株式の相互持合いや金融機関横並びの株式所有によって、ネットワーク全体が、帝国主義時代以来の列強の老舗大銀行を中心とする一つのグローバルな企業集団のようになっている。遺産相続で株主となった創業者の子孫一族はその中心にいる(Vitali,et al.2011)。 

 

3.血塗られた資産の相続と数世代に渡る貧困の相続

 そのほとんどが帝国主義の時代の暴力的な植民地獲得、略奪に等しい資産の獲得に伴って成長してきた金融機関だ。遺産相続者たちは、株式の形で、グローバル経済を支配するグローバル企業の資産所有権を通じて、植民地時代に盗まれたまま使いまわされてきたグローバルな資産の実質的な支配権を相続したのだ。そして、その対極には、暴力的に資産を奪われた祖先から、それゆえの貧困を相続した人々がいる。

 

4.グローバル企業株式を人類遺産相続基金へ!

プラスとマイナスの遺産相続によって作られたこの不公平をどうするか。相続法は不変のものではない。日本では、明治民法は長男相続を規定したが、末子相続が続いた地方もあり、第二次大戦後の現行民法では均分相続となった。均分相続への移行の原理は、遺族の生活を平等に保障することをめざすものであり、そのような動向は世界共通のものだという(中川・泉1974;28)。このような相続法の動向を、グローバル化時代に即して、一挙にグローバルに適用できないだろうか。

 そんなふうに考えてひねり出したのが、全人類が一つの家族としてグローバル企業株式を人類遺産として共同・均分相続するというアイデアだ。人類遺産相続基金という国際機関を創り、そこにグローバル企業の議決権株式の50%以上を拠出させるのだ。そしてその株式の配当収入をプールし、全人類一人一人に対して居住地での最低生活保障水準の生涯継続、月極めの現金移転、すなわち、グローバル・ベーシック・インカムを保障するのだ(岡野内他2016、岡野内2016a,b)。

 国境を超えて電信や郵便を標準化して人類全体の共通基準を創るためとして、1865年に発足した万国電信連合や1874年の万国郵便連合のように、条約を作って、国際法にしてしまうのだ。ただし今回は国境を超えて飢えをなくし、命を支える共通基準のために。

しかも基金の管理運営は、1000人以下で小学校の体育館に全員参加し、顔を突き合わせた話し合いで直接民主主義が可能な、町内会程度の全住民集会が、透明性を確保しながらグローバルに連結して行う。つまり、各国政府ではなく、相続したグローバル企業株式の株主である人類全員が、所有者として管財人を通じて自分たちの持ち物を管理し、さらに後の世代に伝えていけるような仕組みにするのだ。

 

5.グローバルな階級支配を終わらせる 

 こうして、人類全体が人類遺産相続基金を通じて、グローバル企業の過半数株主となり、グローバル企業のネットワーク全体をコントロールできるようになれば、グローバルな階級支配は終わる。経済の仕組みの中での役割が変わるからだ。人類全員が、相続遺産の株式配当だけで生活できる小ブルジョア階級になる。もちろん、所有者として、自分が相続した遺産の管理には参加せざるをえない。全人類が、経済的に自立した対等な市民として、その居住地の住民集会を通じて、人類遺産相続基金の運営すなわちグローバル企業集団のコントロールに取り組むと同時に、市場内外で自由な経済活動を行うということだ。

 

6.正義回復の歴史を創る

 人類遺産相続の回復は、帝国主義時代の全人類に共通する植民地支配のもとでの人類全体の経済資産の略奪による集中という全般的な歴史的不正義の継続に対する正義回復の第一歩だ。被害者と加害者が特定された歴史的不正義の継続に対しては、正義回復のための第二歩が必要だ。人類遺産相続基金は、基礎組織である全住民集会の場での被害あるいは加害の申し出に基づき、全住民集会の場を基礎として、基金の資金を用いて歴史的正義回復審判所を設置し、加害と被害の全当事者が参加する証言集会を含む事実関係の調査、謝罪、補償、という公開の歴史的正義回復プロセスを、全人類規模で進めるのだ(Okanouchi2016,

岡野内2016a,b)。

以上によって、平和学が取り組んできた諸問題に大きな見通しが開けると思う。大いに議論したい。

 

参考文献

     中川善之助・泉久雄(1974)『相続法[新版]』(法律学全集24)有斐閣.

     岡野内正他著訳(2016)『グローバル・ベーシック・インカム入門』明石書店.

     岡野内正(2016a)「中東と世界の未来のために―歴史的正義回復に向けた市民運動を」長沢栄治・栗田禎子編『中東と日本の針路―「安保法制」がもたらすもの』大月書店、第19章所収。

     岡野内正(2016b)「グローバル企業の過半数株を人類遺産相続基金へ!―グローバル・ベーシック・インカム財源論の最前線」『季刊アジェンダ』2016年秋季号.

     Okanouchi, Tadashi(2016) “Global Basic Income as a Starting Point for Redress of Historical Injustices; With Special Attention to Peacebuilding in East Asia,” Paper Presented for BIEN 2016 Congress, Held in Seoul, July 2016.

     スタンディング、ガイ(岡野内正監訳)(2016)『プレカリアート―不平等社会が生み出す新しい危険な階級』法律文化社.

     Vitali, Stefania, Glattfelder, James B., and Battiston, Stefano(2011) “The Network of Global Corporate Control”. PLoS ONE 6(10), e25995. doi:10.1371/journal.pone.0025995.