日本平和学会2016年度秋季研究集会「アフリカ」分科会
報告レジュメ
人道アクセスの確保に向けた人道支援機関の諸政策
―ソマリアを事例に―
Policies for Maintaining Humanitarian Access in Armed Conflicts:
A Case Study in Somalia
日本赤十字秋田看護大学
新沼 剛
キーワード:人道支援、国際赤十字赤新月運動、国連、統合アプローチ
1.はじめに
本報告は、激しい戦闘が続く地域における各人道支援機関の人道アクセスの政策について考察することを目的としている。シリアやアフガニスタンで続く内戦が示すように、国際社会は人道危機への対応に苦慮している。多くの紛争地域では、紛争当事者からの直接的な攻撃、略奪や戦争税といった人道支援の濫用等により、効果的な支援を実施するのが困難な状況にある。このような状況に対し、国連を中心とした国際社会は、「保護する責任」論や「文民保護」を発展させるとともに、民軍関係の緊密化により人道支援の軍事化を進めてきた(ICISS, 2001; UN 2006)。また、人道支援には、平和活動や開発支援との一貫性が求められるようになり、各支援活動間の「統合」の結果、人道支援の政治化も進んでいる(UN, 2008)。その背景には、人道支援は被災者のニーズだけではなく、紛争の根源的原因にも言及すべきであるという、人道危機の安全保障化の動きがある。
本報告では、ソマリアにおける人道支援を事例として取り上げ、「古典派人道主義」の視点から、人道支援の軍事化と政治化に批判を加えた上で、人道アクセスの確保に向けた有効な政策について考察していく。
2.2つの人道主義
人道支援のアプローチには、大別すると「古典派人道主義」と「新しい人道主義」の2つの視座がある(上野,2013)。前者は人道原則(人道性、公平性、中立性、独立性)を堅持することで「人道」と「政治」を明確に区別する立場を採る。一方、「新しい人道主義」は、「人道」と「政治」は明確に区別できるものではなく、仮に人道支援が平和構築に寄与するのであれば、紛争解決の手段として利用すべきであり、人道支援の軍事化・政治化も望ましい現象であるとする立場である。前者の立場を採る代表的な人道支援機関は赤十字国際委員会(ICRC)、国際赤十字赤新月社連盟(IFRC)、各国赤十字社・赤新月社の三者から構成されている国際赤十字赤新月運動であり、後者の立場を採るのは国連人道機関や米系NGO等である。
3.ソマリアにおける国連の人道支援
現在、ソマリアには、国連政務局(DPA)主導の国連ソマリア支援ミッション(UNSOM)が展開している。UNSOMには、決議2102、2158に基づき、ソマリア連邦政府の国家建設事業(政治部門)を支援する権限が付与されている。一方、国連アフリカ連合ソマリアミッション支援事務所(UNSOA)からロジスティック部門の支援を受け、アフリカ連合ソマリアミッション(AMISOM)が治安の維持に当たっり、連邦政府と対立する武装勢力への掃討作戦を展開している。
UNSOMは組織的にも戦略的にも統合化が顕著な国連特別政治ミッションである。上記した2つの決議に先立ち、安保理は、決議2093において、現地の国連カントリーチーム(UNCT)を統括する常駐調整官(RC)と人道支援を統括する人道調整官(HC)を兼務する国連事務総長特別副代表(DSRSG/RC/HC)を任命し、現地に展開する国連諸機関を組織面から統合することになった。戦略面においても、決議2102において、安保理は現地国連事務総長特別代表(SRSG)に対し、UNCTとUNSOMの一貫性のある活動を求めている。
しかし、ソマリアで活動する一部のNGOからは、国連諸機関の統合化はソマリアにおける人道支援を阻害するのではないかという懸念が提起されている。UNSOM設立以降、国連諸機関を含めた国際人道支援機関の間では、人道原則の遵守への言及が減少する一方、交渉によって人道アクセスを確保するのではなく、AMISOMによる「軍事的勝利」を背景に被災者にアクセスする傾向が現れているとの指摘がある(ACF, 2015)。これにより、治安部門と人道部門の区別が曖昧になり、連邦政府と対立する武装勢力からの攻撃の可能性が高まると想定される。また、決議2158では、アルシャバーブから奪還した地域における国際支援の重要性が強調されている。これは、国連人道機関が国家建設を最優先事項に掲げるUNSOMに配慮するあまり、「人心掌握」戦略に関与することで、被災者のニーズに基づく公平な支援が困難になると懸念されている。
4.国際赤十字赤新月運動による人道アクセスの確保
国連人道機関に対し、国際赤十字赤新月運動の各機関は治安・政治部門と一定の距離を置きながら活動を行っている。ICRCは安全な人道支援の展開のために『安全のための7つの柱』(受容、身元証明、情報収集・共有、安全に関する規則、人間性、通信手段、防衛手段)を提唱している(Bragger, 2009)。これらの指針は他の人道支援機関においても採用されており、決して真新しい政策ではないが、ICRCは現地の武装勢力や利害関係者からの受容の獲得を重視する点で徹底している(OCHA, 2011)。また、ICRCは各国赤十字・赤新月社の人道アクセス能力の向上のための指針として”Safer Access”を提唱し、そこでも受容の獲得の重要性を強調している(ICRC, 2014)。
一方、国際赤十字赤新月運動の組織的特徴も人道アクセスの確保に寄与していると考えられる。すなわち、現地の治安やニーズに精通した現地赤十字・赤新月社というカウンターパートの存在がICRCの紛争犠牲者の支援活動を容易にしている。赤十字以外の人道支援組織が現地で活動する場合、現地で活動するカウンターパートの選出から始めなければならない。しかし、現地NGOと活動する場合、そのNGOが信頼に足る組織であるか、活動上の基本原則(例えば人道原則)を共有できるか等を精査しなければならない。こうした事前調査を怠り、支援活動の外注を行えば、活動の透明性を低下させることにもつながる。しかし、国際赤十字赤新月運動の場合、ICRCはソマリア赤新月社から人道支援を展開する上で必要な治安やニーズに関する情報を入手することができる。また双方とも、人道原則を行動規範として共有しているため、一貫性のある人道支援を展開することができる。
こうしたことが、全ての地域ではないにしても、国連諸機関ではアクセスできないアルシャバーブ支配地域における活動を可能にしていると考えられる。本報告では、国際赤十字赤新月運動による人道アクセスの確保に向けた政策が、他の人道機関に与える示唆についても議論したい。
参考文献
上野友也(2013),「新しい人道主義―国際管理と統治の手段としての人道支援―」『公益学研究』第13巻,第1号,pp11-20.
Action Contre la Faim (2015), “Consequences of the Structurally Integrated UN Mission in Somalia on Principled Humanitarian Action and Access to Population in Need,” http://www.grotius.fr/wp-content/uploads/2015/09/case-study_impact-of-UN-integration-in-Somalia_ACF_082015-2.pdf, accessed on 10 Septemer 2015.
Bragger, P (2009), “ICRC Operational Security: Staff Safety in Armed Conflict and Internal Violence,” International Review of the Red Cross, Vol.91, No.874, pp.431-445
International Commission on Intervention and State Sovereignty (2001), The Responsibility to Protect, International Development Research Centre.
International Committee of the Red Cross (2013), Safer Access: A Guide for All National Societies, https://shop.icrc.org/un-acces-plus-sur-guide-a-l-intention-de-toutes-les-societes-nationales-2409.html, accessed on 5 September 2016.
United Nations Office for Coordination of humanitarian Affairs (2011), To Stay and Deliver: Good Practice for Humanitarians in Complex Security Environments.
United Nations (2006), S/RES/1674, 28 April 2006.
United Nations (2008), United Nations Peacekeeping Operations: Principles and Guidelines, in http://www.un.org/en/peacekeeping/documents/capstone_eng.pdf accessed on 17 October 2013.