日本平和学会2016年度秋季研究集会
報告レジュメ2016年10月
「中国脅威論」の虚と実〜南シナ海情勢を中心として
高野孟(ザ・ジャーナル主幹、インサイダー編集長)
1 人々の「不安心理」を操る安倍政権
安倍政権が進める秘密保護法、安保法制、改憲、あるいは辺野古基地建設や南西諸島への自衛隊配備も、個々に問われれば反対や疑問を持つ人が6〜7割に及ぶにもかかわらず、選挙になると与党が圧勝する不思議。1つの理由は「中国脅威論」による漠然たる不安心理の広がりにある。安倍とても中国と戦争をしたいわけではないが、日中関係の正常化という(本来の)目標を出来るだけ先送りして「中国は恐い」という感情を掻き立てておくことが、長期政権への駆動力となるという歪んだ政治手法。アベノミクスが「永遠に成功しないことこそが、安倍政権が支持されることの根底にある」(吉田徹、『世界』16年9月号)のと相似形である。
2 8月尖閣周辺での中国漁船大挙「襲来」事件の実相
日本の報道は「中国が新たな強権的行動」「南シナ海に続いて尖閣周辺でも」といった調子だった。(1) 97年日中漁業協定に基づく「暫定措置水域」では、日中いずれの漁船も相手国の許可なく操業することができ、両国当局は自国の漁船についてのみ取締の権限を持つ。(2) 8月2日に禁漁期が終わって多くの漁船が尖閣北方に押し寄せたため、中国海警船が暫定措置水域と(日本が主張する)尖閣領海との間に入って「管理」に当たった(駐日中国大使の日本側への説明)。(3) 中国公船による活動は8月3〜10日までに延べ70隻が出動、うち15隻が5〜9日にかけて尖閣領海に入ったが「大半の漁船に指導が行き渡った」として公船はほとんど引き上げた。そのため8月11日に中国漁船がギリシャ船と衝突・沈没した際に、近くに中国公船はおらず、海保が救助。「金儲けしか考えない中国漁船が釣魚島周辺に乱入するのを防いだ」(中国海警の現場責任者→海保に説明)。(4) 中旬以降、中国公船の尖閣周辺での動きは“常態”に復した。
★海上保安庁HP「尖閣諸島周辺海域における中国公船等の動向と我が国の対処」(http://www.kaiho.mlit.go.jp/mission/senkaku/senkaku.html)、同付表・8月分(http://www.kaiho.mlit.go.jp/mission/senkaku/data_h28_08.pdf)
★「海上民兵」という誤解:海上自衛隊幹部学校戦略研究会コラム056、085(http://www.mod.go.jp/msdf/navcol/SSG/topics.html)
3 南シナ海での米艦船「航行の自由作戦」
16年10月27日、米海軍の「航行の自由作戦」の一環として米海軍イージス艦「ラッセン」が南シナ海で中国が軍事建設を進めるスビ礁・ミスチーフ環礁近くを航行。日本では夕刊紙・スポーツ紙が「米中開戦前夜!」と。
(1) 航行の自由作戦は、82年国連海洋法条約の批准に失敗した米国が、それでも米国こそが世界の海の王者だと示威するために80年代から続けてきた。15年には中国を含む13カ国に対して、14年には19カ国に対して実施している。(2) イージス艦1隻のみ(軍事作戦ではないというシグナル)。(3) 3日後の30日に米海軍筋が米『ディフェンスニュース』に明らかにしたところでは、ラッセンは国際法的な「無害航行」の形を示し、火器管制レーダーのスイッチを切り、ヘリコプターも飛ばさず、随伴の哨戒機P-8Aポセイドンもその海域には入らなかった。(4) 中国艦2隻も遠巻きに追っただけ。
★デフェンスニュース(http://www.defensenews.com/story/defense/2015/10/31/navy-china-richardson-wu-destroyer-lassen-south-china-sea-innocent-passage/74881704/)
4 米中信頼醸成メカニズムの積み重ね
(1) 1998年米中軍事海洋協議協定(MMCA=Military Maritime Consultative Agreement)
★国立国会図書館 調査・立法考査局.浅井 一男「海上事故防止協定による信頼醸成」(http://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_9107338_po_077005.pdf?contentNo=1)
(2) 13 年6月習近平訪米、オバマと初会談@サニーランズで「新型の大国関係」の核として不測の事故防止のための新たな信頼醸成措置の構築を提案、14年11月のオバマ訪中の機会に国防相同士で2つの了解覚書(MoU)に調印。通報MoU=主要軍事活動・報告書・政策変更などの開示、演習などへのオブザーバー派遣など。ルールMoU=水上艦同士の遭遇による危険回避など。
(3) 15年9月習近平初の米国公式訪問で、ルールMoUの積み残しの軍用機同士の危険回避で合意。
★海上自衛隊幹部学校戦略研究会コラム041(http://www.mod.go.jp/msdf/navcol/SSG/topics-column/041.html)
▼15年10月27日、ラッセンが航行の自由作戦実施。
▼10月29日、リチャードソン米海軍作戦部長と呉勝利中国海軍司令官がテレビ会談。
▼11月3日、米中国防相会談@北京
▼11月7日、中国艦隊がフロリダを親善訪問、米艦と合同通信訓練実施。
▼11月16日、米イージス艦スレザムが上海を親善訪問、合同通信訓練の後、親善バスケットボール試合。
▼11月25日、ハワイの米太平洋空軍司令部で開かれたMMCA総会で海空連絡メカニズム合意に調印。
▼16年1月30日、米艦カーティス・ウィルバーが西沙諸島周辺で航行の自由作戦。
▼5月10日、米艦W・P・ローレンスが3回目の南シナ海航行の自由作戦。
▼6月30日、米海軍主催「リムパック大演習」@ハワイ沖に中国艦隊も招待参加。
▼7月12日、ハーグ仲裁裁判所が南シナ海紛争でフィリピンの主張を全面的に認める判断。
5 南シナ海“危機”の3層構造
《レイヤー1》中国が国際常識を無視して岩礁の軍事建設を進め、それに対して米軍が軍事牽制。
《レイヤー2》偶発戦争を起こしたくないという共通理解の下、信頼醸成・海空連絡システムを構築。
《レイヤー3》中国の潜水艦発射長距離ミサイル原潜の南シナ海配備とそれを警戒する米軍との神経戦。
6 日本の取るべき態度……
《参考文献》
高野孟『沖縄に海兵隊は要らない』(にんげん出版、12年12月刊)
共著『沖縄自立と東アジア共同体』(花伝社、16年6月刊)第2章「安倍政権が弄ぶ『中国脅威論』の虚妄」
共著『習近平体制の真相に迫る』(花伝社、16年7月刊)第3章「南シナ海をめぐる米中確執の深層」
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・No.797 15-08-10 「中国脅威論」に飛び移った安倍政権の軽はずみ
・No.804 15-09-28 「安保環境がかつてなく厳しくなっている」とは本当か?
・No.805 15-10-05 防空識別圏の何が問題なのか
・No.810 15-11-09「米中が南シナ海で一触即発」というのは本当か?
・No.846 16-07-18 もうちょっと落ち着いて議論しい「南シナ海」問題
・No.852 16-08-29 「海空連絡メカニズム」が日中正常化の1つの鍵