日本平和学会2016年度春季研究大会
グローバル化するイスラエル軍事経済と日本の右傾化
大阪市立大学/パレスチナの平和を考える会
役重善洋
キーワード:パレスチナ、イスラエル、占領、植民地主義、セキュリティビジネス
1.はじめに
本報告では、イスラエルと日本における植民地主義と排外主義の問題を比較考察し、この数年急速に緊密化している両国関係の性格について考察する。
2.イスラエル国家の棄民植民地主義的出自
今さら言うまでもなく、パレスチナ問題とは植民地主義の問題である。しかしながら、欧米社会においてこの問題に対する歴史認識には極めて重いバイアスがかかっている。そのため、西岸地区とガザ地区の占領については正当性に疑いがあることを仮に認めたとしても、1948年のイスラエル建国はユダヤ人の悲願の達成であり、これを否定することは反ユダヤ主義である、といった歴史認識が未だに大きな規定力をもっている。その根底には、ヨーロッパの反ユダヤ主義の解決をイギリス植民地主義および(キリスト教)シオニズムの論理、つまり、ユダヤ人入植を通じたパレスチナ植民地化に託してしまうという歴史的不正義に対する自己批判回避の姿勢がある。
この移住植民地国家(入植者国家)というイスラエルの歴史的性格は事態をさらに複雑にする。アメリカ合州国にせよ、「満州国」にせよ、これまで歴史に登場してきた移住植民地国家の形成には、送り出し社会の側の社会政策、つまりは棄民政策という側面がある。しかし、入植者の側は、新しい社会を建設する開拓者だと自己規定する/させられることで、より積極的な入植イデオロギーを形成していくことになる。対先住民族戦争が苛烈であればなおさらその傾向は強まらざるを得ない。その過程において、入植者の棄民性は隠蔽される。
イスラエルおよび欧米諸国が、先住民パレスチナ人の抵抗の歴史的必然性を直視できない背景には、両者が共有する、イスラエル国家の「棄民植民地主義的」とでも言うべき出自を隠蔽しようとする欲望がある。
3.イスラエルが日本に接近しようとする理由
入植者の送り出し側である欧米諸国と入植者国家としてのイスラエルとの間では、多くの価値観が共有されながらも、立場の違い上、先住民族に対する政策が完全には一致し得ないということは当然とも言える。このことは、1917年のバルフォア宣言の文句の中にも現れていた。この対パレスチナ人問題をめぐる、欧米‐イスラエル関係の不安定性は、パレスチナ解放運動の変遷の中で次第に深まり、ブッシュJr政権が終わった2009年頃からイスラエルは占領政策に対するかつてない国際的批判の高まりに直面することになった。
2005年に立ち上げられた、国際的なBDS(ボイコット・資本引き揚げ・制裁)運動は、EUや国連での議論にも影響を与え、2013年7月には、入植地ビジネスに関わる企業への助成金等の供与を禁止するガイドラインがEUによって制定され、2015年1月には国際刑事裁判所がイスラエルによるガザにおける戦争犯罪に関する予備審査を開始した(役重2014、2016c)。2016年3月には、国連人権理事会がイスラエル入植地から利益を得ている企業リストを作成し、毎年更新することを決定した。
天然資源を多く持たない貿易立国であるイスラエルにとって、国際的孤立は国家経営の破綻を意味するものであり、厳しい危機意識の下、イスラエルは、これまでの欧米偏重の対外関係を多角化する努力を続けてきた。当然、対日関係の深化もその一環として行われ、双方の首脳の相互訪問を含めた政財界の交流がこの数年、頻繁に行われてきた。その成果として、凄惨なガザ攻撃が継続していた2014年7月23日、国連人権理事会においてアラブ各国などが提出したイスラエルの軍事作戦を非難する決議案に対して、日本政府は、「国際刑事裁判所でのさらなる起訴へと導き得るアプローチは疑問の余地がある」として棄権し、2015年1月19日にイスラエルを訪問した安倍首相は、「イェディオット・アハロノット」紙に、「日本としては,不買運動のような当事者の一方をボイコットするような動きには明確に反対します。日本は友人として,イスラエルが国際社会で孤立しないことを願っています」と寄稿した。このときの首脳会談で約束された投資協定はすでに締結直前の段階となっている。
また、こうした国際的孤立を回避しようとする外交努力と併せて、イスラエルは軍需企業のグローバル化を、その軍民転換とともに図り、アジア・アフリカ諸国における市場拡大を目指してきた。例えば、2010年以降日本の原発に導入されてきたイスラエル企業マグナ―BSP社のセキュリティシステムは、ガザ封鎖のために開発されてきたセキュリティシステムにごくわずかな修正を加えたものに過ぎないという。また多くのイスラエルのベンチャー企業がセキュリティソフトの開発・販売を行っているが、彼等の多くはイスラエル軍のIT部隊出身者が立ち上げたものであり、そこでは、イランのウラン濃縮システム攻撃に用いられたスタックスネットの開発や、盗聴・スパイを通じたパレスチナ人の監視・個人情報収集といった戦争犯罪行為と表裏一体の経験がビジネスに活かされている(役重2016a)。
4.近代日本の代行植民地主義的出自
歴史的条件は大きく異なるものの、日本の植民地主義においてもシオニズム運動と同様の重層的性格を見ることができる。日本の近代植民地主義は欧米植民地主義による不平等条約の押し付けという半植民地状況から脱却するという動機に強く駆動されていた。イギリスは、そうした日本の「脱亜入欧」的上昇志向を利用し、ロシア帝国に対する防壁として日本の植民地帝国化を支援した。そこには、欧米植民地主義に従属し、その論理を内面化しながら、主観的にはアジア主義の名の下に近隣諸民族を植民地化していくという、日本植民地主義の「代行植民地主義的」ともいうべき出自の問題がある。大日本帝国はこの代行植民地主義が破綻する中で崩壊したといえるが、第二次大戦後、日本は新たにアメリカの代行植民地主義的国家となることで、その矛盾を引き継いだ。日本が、沖縄・アイヌモシリ・韓国・北朝鮮・中国等々に対する植民地支配責任を直視できないことの根底には、深く内面化した欧米植民地主義を克服しようとする主体的・倫理的視点の欠如があるといえる。
5.日本がイスラエルに接近しようとする理由
ここでも日本植民地主義の重層性に対応した、二つの特徴的な動機を見ることができる。第一には、中東におけるアメリカの覇権凋落に伴う日本への負担増要求がある。2015年7月のイラン核合意にも見られたように、オバマ政権は中東における戦争にこれ以上巻き込まれないという方向性を打ち出してきた。しかしながら、年間30億ドルに上るイスラエル支援はアメリカの軍産複合体の利権をも背景として止めることはできず、むしろイラン合意での妥協に対する「補償」として、年間50億ドルに援助を増額する動きさえある。そうした中で、アメリカにとって最も従順な同盟国である日本の軍事的・財政的資源を中東においても利用できるようにするということが死活的な意味を持つようになっているのである。F-35戦闘機の共同製造計画を契機とした武器輸出三原則廃止、ペルシア湾への自衛隊派遣やミサイル防衛システムのより自由な運用を可能とするための「存立危機事態」概念を梃子とした安保法制強行採決などは、いずれもアメリカによるイスラエル支援を日本が補完するという意味を持つものである(役重2016a)。
しかしながら、安倍政権のイスラエルへの接近には、対米追従だけでなく、それへの反発をも加味した二律背反的ともいえる動機がある。それは、日本会議代表委員・東京都本部会長であり、日本・イスラエル親善協会顧問でもある加瀬英明の次のような発言に象徴されるものである。
安倍首相が、靖国神社を参拝するのに当たって、臆することはない。・・・アメリカの思惑に気兼ねすることなく、日本がなすべきことを、粛々と行なうことによって、道がひらける。誤解を招いてきた河野、村山談話を、正々堂々と正して、禍根を絶つべきである。
日本は、イスラエルを手本とすべきだと、思う。
イスラエルはヨルダン川西岸に、次々と入植地を建設するなど、アメリカの神経を逆撫でしているが、アメリカの反発を見視して、頻繁に繰り返すので、アメリカ政府も、アメリカのマスコミも馴れっこになって、イスラエルの属性だと思うようになっている。
アメリカがイスラエルを味方とせずに、中東政策をたてることができないように、日本なしに、アジア政策を考えることができない。
かえって、日本が自ら信じる道を、堂々と進んで、日本が日本らしく振舞えば、日本に対して敬意を払うことになろう。
(『アメリカはいつまで超大国でいられるか』祥伝社、2014年)
ここには、見事に、日本植民地主義の代理植民地主義的出自が、中国や韓国の抗日ナショナリズムの歴史的必然性を客観的に把握できなくさせている心理的構造が表現されている。日本の敗戦という歴史事実の上に組み立てられた第二次大戦後の国際秩序を改変したいという欲望が、武力行使(およびそれによる領土の獲得)の禁止を定めた国連憲章第二条四項や占領地における入植地建設を違法とするジュネーブ第四条約等の自国への適用を拒否するイスラエルの欲望と共鳴し合っているのである(役重2016b)。
6.おわりに
第二次大戦後の国際秩序は、イスラエル建国や沖縄の再植民地化に象徴される通り、帝国主義的国際秩序の不正を引き継ぎつつも、広範な植民地解放闘争を経て、植民地主義批判の論理をグローバルスタンダードの位置へと引き揚げてきた。この多くの犠牲の上に積み上げられた歴史的蓄積を、パレスチナや沖縄の解放への展望につなげていくためには、「棄民植民地主義」「代行植民地主義」といった言葉で表現し得るところの、植民地主義的抑圧の重層性を視野に入れたグローバルな理論と実践が求められている。
参考文献
役重善洋(2016a)「イスラエルと日本: 強化される協力関係」長沢栄治・栗田禎子編『中東と日本の針路:「安保法制」がもたらすもの』大月書店.
役重善洋(2016b)「国際法違反の『対テロ戦争』に若者を巻き込む政治を許すな: 安保法制をグローバルな視点から見る」飯島滋明・清末愛砂他編『安保法制を語る!自衛隊員・NGOからの発言』現代人文社.
役重善洋(2016c)「イスラエル・ボイコット運動: パレスチナにおける『アパルトヘイト』廃絶への挑戦」臼杵陽・鈴木啓之編『パレスチナを知るための60章』明石書店.
役重善洋(2014)「「中東和平」の二〇年と占領経済のネオリベラル化:イスラエルにおける排外主義の深化と新しいパレスチナ連携の可能性」中野憲志編『終わりなき戦争に抗う: 中東・イスラーム世界の平和を考える10章』新評論.