日本平和学会2016年度春季研究大会
報告レジュメ
東アジア平和秩序への道筋:政策的手掛かりについての考察
NPO法人ピースデポ
梅林宏道
キーワード:憲法平和主義、専守防衛、非核三原則、非核兵器地帯、核の傘、北朝鮮
1.はじめに
憲法平和主義によっていかにして日本の平和を守るか?市民がその具体的なイメージを抱くことができるかが問われている。安倍首相の<積極的平和主義>は、建前として「外交による安定的な国際環境の創出」「脅威出現の未然の防止」を言う。しかし、実際の政策展開は、ほとんど軍事的であるか軍事への依存を強める外交である。一方、憲法平和主義の立場からの、脱軍備を進める外交の具体的提案は乏しい。東アジアの平和秩序形成のテーマは、憲法平和主義に依拠する協調的安全保障外交を、現実に立脚しつつ検討する際に避けて通ることのできないテーマである。ここでは、日本が現在も維持している政策的手掛かりをもとに、それを発展させることによって東アジア地域の平和秩序を前進させる可能性について考察する。
2.モンゴルの非核兵器地位の教訓――国連から地域へ
モンゴルが固有の「非核兵器地位」を国際的に認知させている国であることはよく知られている。非核国になるという国家戦略は、冷戦直後の1992年、新憲法によって「モンゴル人民共和国」から「モンゴル国」として生まれ変わると同時に打ち出されたものである。冷戦期に大国の利害に翻弄された苦い経験を踏まえて、ロシアと中国という核大国にはさまれた同国の中立と独立を維持するための国家戦略であった。これを単なる理念ではなく、実効のある国家安全保障戦略にするためのモンゴルの外交戦略には学ぶべきものがある。1992年の国家宣言、1998年の国連総会決議、2000年の国内法制定とP5の「安全の保証」声明、その後のロシア・中国との個別交渉などの経過を経て、2012年の5核兵器国声明とモンゴル国声明の同時交換という地平まで獲得するに至っている。法的拘束力のある安全の保証の獲得までには至っていないが、国力の弱い国のユニークな外交の成果としては、目を見張るべきものがある。大きく捉えると、国の宣言的な平和政策を国際的に表明し、それへの国際的な支持を得るための国内法を整備しながら、その政策を尊重する国際環境を強化するアプローチと言える。
3.宣言的政策としての「専守防衛」
憲法平和主義の下にあって日本が維持している宣言的政策の中心は「専守防衛」政策であろう。この政策が、日本の安全保障を国際的に担保し、地域的な緊張緩和に資するとともに、地域の軍縮を前進させる政策となる可能性について考察する。例えば、モンゴルにならって、日本の「専守防衛地位」を国際的に認知させて、その地位に見合った日本への安全の保証を関係国からかちとることが考えられる。この方向の考察においては、2つの大きな困難が存在する。一つは、防衛政策の「専守防衛」性を定義することの困難さである。考察のよりどころとしては、国連軍縮局の研究シリーズ26(参考文献)がある。幸い日本の場合、島国であり国境がすべて海上にあることから、戦略と戦術から導かれる兵器の特性を独自に考察することによって、「専守防衛」性についての説得力のある定義を形成する可能性は残されている。もう一つのより大きな困難は、日米安保体制との関係である。そもそも日本の「専守防衛」政策とは、自衛隊の防衛力について議論するための概念に過ぎず、日米安保体制の在り方も含めた概念ではない。1978年の「日米防衛協力ガイドライン」では、「自衛隊は盾、米軍は槍」の役割分担が明確にされた。従って、日米安保体制も含めた安保政策全体としての「専守防衛」の再定義が必要となる。日米安保条約の条項は、そのような再定義を否定するものではない。
4.宣言的政策としての「非核三原則」
大量破壊兵器の保有は憲法に許された最小限の自衛の措置を超えるものであり、古くからの政府見解とは異なり憲法違反と考えるべきであるが、その議論に立ち入らない。国是とされる非核三原則は、日本の被爆体験によってクローズアップされた憲法平和主義の一部を構成する宣言的政策と位置付けることができる。再びモンゴルの先例を教訓として、非核三原則を中心に日本の安全保障政策における軍事力依存の軽減と脱軍備の筋道を描くことの可能性を考察することの意義は大きいであろう。しかし、「非核三原則」政策においても「専守防衛」政策と同様の困難が発生する。すなわち、日本の「非核三原則」は米国の拡大核抑止力(「核の傘」)に依存することとセットになっている政策であり、日本の安保政策の全体としては非核ではなく、核兵器依存の政策となっている。最近の国際的な核軍縮議論においては、核保有国と「核の傘」依存国が等しく核軍縮の抵抗勢力と論じられる場面が増えている。従って、非核三原則の維持と「核の傘」依存からの脱却とを同時に可能にする政策選択を採用することによって初めて、日本の非核政策が国際的に説得力のある軍縮政策となる。「専守防衛」政策の場合と違って、幸いこのような政策は先例がある。モンゴルのような一国非核地位を獲得するのが一つの道であるが、日本を含む地域的「非核兵器地帯(NWFZ)」を設立するのが、日本の場合はより適切であろう。日本では「核の傘」の必要性について従来から盛んな議論があり、それを踏まえた説得力をもつためには、法的拘束力のある安全の保証が要求されるからである。
5.「北東アジア非核兵器地帯」設立の努力
日本を含む地域的な非核兵器地帯の構想を総称して、「北東アジア非核兵器地帯」(NEA-NWFZ)と呼ぶことにする。この設立は、単に地域の非核化のみならず、地域の緊張緩和と軍縮に貢献するとともに、日本が憲法平和主義に基づく安全保障政策をとり、軍縮と脱軍備へと向かうための基盤的な国際環境を形成すると期待される。このことは、以下に述べるように、近年の議論においてはNEA-NWFZの設立のために、朝鮮戦争の終結の問題や地域的な安全保障上の諸問題を協議する機関の設立などをセットとする戦略的なアプローチが重視されていることに表れている。非核兵器地帯形成と地域のより広い平和と安全保障の問題は密接につながらざるを得ないのである。以下にNEA-NWFZ設立に関する議論と国際政治の推移を整理する。
(1)NEA-NWFZのスキームに関する議論の経過
冷戦終結を契機として、板門店を中心に半径2000kmの円内を非核地帯にする案、南北朝鮮と日本の領域を非核兵器地帯にするスリー・プラス・スリー案など、NEA-NWFZに関するさまざまな提案が登場した。
(2)包括的アプローチの登場
米国の政策形成の中心部にいた国際政治学者モートン・ハルペリンがノーチラス研究所の委託を受けて2011年に書いた論文が契機となって、NEA-NWFZを実現するための包括的アプローチが注目を集めた。長崎大学核兵器廃絶研究センター(RECNA)が、2012年以来、これを発展させる取り組みを継続している。
(3)DPRKの非核化の可能性
NEA-NWFZはDPRK(北朝鮮)非核化のための構想ではなく、地域的な協調的安全保障を構築するための一提案と考えるべきである。しかし、近年の北朝鮮の核保有への執着が地帯設立への直接的ネックになっていることは否定できない。朝鮮半島エネルギー機構(KEDO)プロセス、6か国協議、4回の核実験、最近の第7回労働党大会などを踏まえた分析と考察を行う。
(4)関係国、国連レベルにおける動向
参考文献
Group of Governmental Experts to Undertake a Study of Defensive Security Concepts and Policies (1993), “Study on Defensive Security Concepts and Policies,” A/47/394, United Nations Publication
梅林宏道、鈴木達治郎ほか(2015)「提言―北東アジア非核兵器地帯設立への包括的アプローチ」、長崎大学核兵器廃絶研究センター