国内避難民の保護、支援の取組みから生まれたもの:規範、制度の発展を振り返って

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日本平和学会2016年度春季研究大会 報告レジュメ

2016年 6月25日

難民・強制移動民研究分科会報告

 

国内避難民の保護、支援の取り組みから生まれたもの

─規範、制度の発展を振り返って─

 

国連世界食糧計画 イエメン事務所 プログラム担当官

早稲田大学 アジア・ヒューマンコミュニティ研究所 招聘研究員

堀 江 正 伸

 

キーワード:国内避難民、人道支援、保護、人権、国連改革、

 

1.はじめに

 本報告は、国内避難民の保護、支援がどのように、人道支援全般へと影響をおよぼしていったかの一端を、実務者の視点を混じえて解明することを目的としている。

国内避難民に唯一の定義はない。しかし簡潔に表現すれば、「難民が難民となるのと同様の理由で避難しているが、難民と違い国際的に認知された国境を越えて避難していない人々」である。つまり、出身国内で避難している人々である。

 東西冷戦の終結以降、国内避難民は急増した。特に、フセイン政権下のイラクにおいて自国からの攻撃に曝される一方、隣国へ出国することもできないクルド人の惨状は国際社会の注目を集めた。

 それ以降国際社会は、国内避難民を保護し、支援を提供するためのさまざまな努力を続けてきた。その過程においては「人権」や「保護」という概念が注目されたため、国内避難民の保護・支援は、やがて人道支援システム全般の改革を迫るものとなった。

 

2.国内避難民問題の前提

 これまでの、国内避難民問題を扱う研究においては、幾つかの前提がある。それらは、次のような点である。

• 国内避難民問題は、東西冷戦終結後に顕著となった。

• 国内避難民は、「1.はじめに」でも説明したように、難民と同じような苦境を経験している。

• 難民には、国際的に難民を保護しようとする難民条約(「難民の地位に関する条約(1951)」及び「難民の地位に関する議定書(1967)」)がある。また、難民には彼らの保護を専門的に任務とする国連機関(The Office of the United Nations High Commissioner for Refugees: UNHCR)もある。一方、国内避難民には、そうした国際的な保護の枠組みがない。

• 国内避難民問題は国内問題であるため、彼らへの国際的な保護、支援は内政不干渉原則に抵触する可能性がある。

 

3.規範面での発展 ―人権主流のアプローチ―

 国内避難民問題は、1990年代初頭、特に人権という側面から国際場裡で議論されるようになった。1991年国連人権委員会(2006年に人権理事会へ格上げ)は、国連事務総長に対し国内避難民問題を専門とする事務総長代表の任命と、国内避難民問題へのガイドラインを作成することを要請した。その要請に応え、フランシス・デン(Francis Deng)が事務総長代表に就任する。デンは、国内避難民が発生している国々を積極的に訪問すると同時に、国際人権法、人道法、難民条約を参考にガイドラインの編纂を開始した。デンのガイドライン策定は、1998年の「国内強制移動に関する指針(Guiding Principles on Internal Displacement)」提出に結実する。

 国連での議論の進展と同時に、国際法協会においても宣言という形式で、国内避難民の保護に関するガイドラインを策定するという動きがあった。この国際法協会における議論が国連のアプローチと異なっていたのは、誰を国内避難民とするかということが議論されたことであった。つまり、紛争や武力の行使など以外で移動を強いられた人々を、国内避難民に含めるかという問題である。

 両者に共通しているのは、国内避難民の人権の保護に注目した点である。これは、次に見る制度的な発展にも見ることができる特徴である。人権の保護に注目したアプローチは、その後、国家主権は国民を保護するという前提のもとに成り立つとする「責任としての国家主権」論や、国家が国民を保護することに失敗した場合、他国による介入を含む「保護する責任」論が展開される布石となった。

 

4.制度面における発展 ―保護の台頭―

 1990年以来、国連は3回の人道支援改革を行ってきた。それらの改革は、特に国内避難民の保護、支援に特化したものではないように見える。しかし、それぞれの背景を見てみると国内避難民問題が、深く関わっていることが分かる。

 

(1)1992年改革

 1992年改革は、前年12月19日に採択された総会決議46/182に基づいて行われた。一言で表せば決議の題名にもあるように、人道支援を担当する各機関が協働(調整、共同作業)することを促進することが主眼であった。東西冷戦の終結に伴い大国の抑えが効かなくなると同時に、国内において民族、文化、宗教、言語などの相違に起因する紛争が増加した。国連では後にこのような事態を「複合的で複雑な危機」と呼ぶようになった。国連は、このような想定していなかった危機に対処するためには、独自に活動をしていた各国連人道支援機関や、各赤十字機関、NGOなどの国連外の人道支援機関との協働が必須であると考えたのである。1992年改革において導入された点は、次の通りである。

• 国連緊急調整官の任命

• 国連人道問題局の設置

• 常設機関間委員会の設置

 

(2)1997年改革

 1997年改革は、同年7月に事務総長が国連総会議長に提出した『国連の見直し――改革計画(Reviewing The United Nations: A Programme for Reform)』に基づいて行われた。この1997年改革では、人道支援が、国連の主要な役割に加えられた。このことからも分かるように、人道支援は1992年改革後も国際社会の問題としてその重要性を増し続けていた。その背景には、旧ユーゴスラビア解体の過程で発生した紛争(1991〜)やルワンダにおける虐殺の発生(1994)があり、国内避難民の増加に歯止めが掛かっていなかったことがあったことが挙げられる。1997年改革の主眼は、次の通りであった。

• 国連緊急調整官の権限の強化

• 人道問題調整室の設立

 

 しかし、1997年改革は、十分な成果を挙げられなかった。その背景には、やはり国内避難民問題がある。国内避難民の保護、支援については、それに特化した新たな機関を設立する案、難民の保護を担当するUNHCRの任務に国内避難民の保護、支援を含める案なども検討された。しかし、UNHCR以外の機関の支援対象者は、1990年初頭以前より実は国内避難民であった。また、国連の各人道支援機関は、時々の必要性、政治情勢を背景に別々に設立されてきた。そのような背景より、関係機関は検討された案に賛成しなかったのである。

 

(3)2005年改革

 1992年改革で各機関の協働の重要性が指摘され、1997年改革においては全体を調整する緊急調整官の権限の強化が図られたが、いずれも効力を十分に発揮するには至らなかった。そこで2005年、国連は3度目の改革を行なうこととした。その基礎となったのは、ドナーや国連内外の人道支援機関が行った人道支援システムの評価の結果である『人道的対応の見直し』という文章である。このタイミングで評価が行われた背景には、2003年に発生したスーダンにおけるダルフール紛争、2004年に発生したスマトラ島沖地震において人道支援が効率良く行われなかったとの見方があった。2005年改革で中心的に議論されたのは、次の点であった。

• 人道支援機関の協働を一層強化する

• 各分野の責任を明確化する

• 保護分野の強化を図る

 

 これらの点を網羅するために、クラスター・アプローチと呼ばれる仕組みが採用されることとなった。クラスター・アプローチにおいては、人道支援全般を一つと考え、そのうえで人道支援分野を再分類するという作業が行われた。さらに、健康、仮設住宅、教育などの分類毎に主導機関が定められ、分野内での調整を図るとともに、その分野の最終的な責任機関とされた。

 このクラスター・アプローチにおいては、『人道的対応の見直し』において保護分野の強化が必要と指摘されていたこともあり、保護クラスターが設置された。それでは、保護業務とは具体的にはどのような業務なのだろうか。

 

5.保護・人権がもたらすもの

 人道支援に関する文献においては、「保護と支援」という表現が頻繁に使われるが、その違いは曖昧である。保護と支援を、「恐怖からの自由、欠乏からの自由」と表現される人間の安全保障に当てはめて説明する研究者もいる。つまり、保護は恐怖から人びとから守ることで、支援は欠乏、つまり物資や基本的なサービスの欠如を補うものであるという説明である。 

 国連や機関間常設委員会で使われる保護の定義は、1999年に赤十字国際委員会主催のワークショップで合意されたものである。それは「保護の概念は、関連する法(つまり人権法、国際人道法および難民法)の文言と精神に従い、個人の権利の十分な尊重を確保するための全ての活動を含む」というものである。実は、この視点こそが「3.規範面での発展」において、国内避難民となった原因に、「難民と類似した原因」に加え、自然災害や人為的災害などが加えられた背景ともなっている。

 人権というレンズを通じて人道危機を分析することには、人道支援が必要とする部門を明確にするという利点がある。さらに、既に説明した通り、国内避難民の急増が発端となった人道支援システムの改革は、人権、保護が注目されたために、国内避難民問題を越えて人道支援全体に関わる広範囲を網羅するものとなった。つまり、国内避難民問題は、人権を通して広く人道支援一般に関わる問題としての色合いを深め、当所注目された難民と同様、つまり「強制移動」という視点から離れていくこととなった。そのことは、何らかの理由で移動しなかった人々が、支援において差別されてしまうリスクを軽減させているという面にも繋がっている。

 クラスター・アプローチにおける保護はどうだろうか。保護クラスターにおいても、前出の保護の定義を採用している。しかし保護を「全ての活動」とすると、保護は人道支援の一分野であることを超越し、人道支援全体に関わる問題となる。例えば、食糧がないという状態は人権に関わる問題であり、保護の問題とも解釈できる。とすると、クラスター、或いは人道支援全体を調整するOCHAと保護クラスターの業務の分掌が曖昧になってしまう。この問題は、今日まで各人道支援機関に困惑をもたらしている。

 しかしながら、クラスター・アプローチは、異なる国際状勢や政治的背景から個々に設立されてきた国連人道支援機関を一端それぞれの背景から切り離し、必要性を基に再定義するということには成功したと言える。

 

 

6.「人道」の復権

 人権、保護という側面が注目されて発展してきた国内避難民の保護、支援は、人道支援全般へ影響をおよぼすこととなった。それは、一定の成果をあげていると同時に、実務においては曖昧性を残すものとなっている。

 人権には、国際人権法を通じて普遍性が認められている。その一方、地理的、文化的背景によりその認識に相違があるという主張もある。さらに、人権には欧米主導の自由主義の拡大などの政治的意図が入り込み安いことも指摘されている。よって、人権を中心としたアプローチは、人道的危機が発生しているような国家の警戒心を高めてしまう。

 他方、人道支援は、人道的精神をその基本とし、非政治的であるということを特性にその活動範囲を拡大してきた。この視点からは、人権と人道は異質なものと見えるのも事実であろう。

 現在、本年5月23、24日には、世界人道サミットが開催される運びとなった。その中心議題として、人道精神の見直しが謳われていることは興味深い。発表はサミット後となるが、発表においてはその結果も鑑み、今後の人権と人道の関係にも言及してみたい。

 

主な参考文献

 赤星聖(2014)「国連人道システムの発展と国際連合――国内避難民支援における機関間調整を事例として」日本国際連合学会編『国連研究』第15号(グローバル・コモンズと国連)国際書院

 上野友也(2012)『戦争と人道支援――戦争の被災をめぐる人道の政治』東北大学出版会

 副島知哉(2014)「国内避難民の保護とUNHCR――クラスター・アプローチにみる政策決定過程」墓田桂・杉木明子・池田丈佑・小澤藍編『難民・強制移動研究のフロンティア』現代人文社

 永田高英 (2005)「ILA「国内避難民に関する国際法原則宣言」の成立」島田征夫編『国内避難民と国際法』信山社

 墓田桂(2015)『国内避難民の国際的保護――越境する人道行動の可能性と限界』勁草書房

 堀江正伸(2015)「国内避難民人道支援政策への一考察」早稲田大学社会科学研究科編『ソシオサイエンス』第21号

 堀江正伸(2016)「保護クラスターをめぐる国際人道支援機関(仮題)」滝沢三郎・山田満編『難民を知るための基礎知識』明石書店(2016年7月出版予定)

 Cohen, Roberta. and Deng, M. Francis.Masses in Flight: The Global Crisis of Internal Displacement. Washington D.C.: Brookings Institution Press, 1998. 

 Kälin, Walter. “Internal Displacement.” In The Oxford Handbook of Refugee & Forced Migration Studies, edited by Fiddian-Qasmiyeh, Elena. Loescher, Gil. Long, Katy and Sigona, Nando. Oxford: Oxford University Press, 2014.