94. 当事者の対話による関係修復をめざす修復的正義とは何でしょうか。

修復的正義とは、犯罪や事件、暴力や人権侵害などの不正義に対応する仕方の一つで、できるだけ広範な関係者の参加と対話を通して、生じた損害や傷ついた関係を修復し、人々の回復と状況の是正をめざす考え方を意味します。1970年代の北米における犯罪被害者と加害者の対面をきっかけとし、1980年代にはニュージーランドの少年法制に、1990年代には南アフリカの真実和解委員会などに採用され、世界的に知られるようになりました。

法を侵した犯罪者を国が処罰するという近代刑法の考え方に対し、修復的正義では犯罪などの不正義をまず人と人とのつながりへの侵害と捉え、侵害により生じた被害者や関係者の損害やニーズが責任をもって充たされることを重視します。加害者が責任をよく自覚し、被害者が二次被害を受けることのないよう、対面は周到に準備されます。当事者が集まって影響の重大さを共有した上で協働して事後策を作ることにより、被害者の満足が向上し加害者の再犯が抑制されることが期待されています。

修復的正義は犯罪への対応にとどまらず、学校におけるいじめや非行への対応策として、地域社会における問題解決の方法として、暴力や災害の被害者の癒しを促す方法として、また紛争後社会の復興事業の一環として、広く実践されつつあります。最近では人種差別などのヘイト犯罪への対応や、歴史認識をめぐる紛争の解決について、可能性が模索されてもいます。

修復的正義はあらゆる処罰を否定するものではなく、ゆるしや和解はあくまで生じうる結果の一つにすぎません。キリスト教平和主義に特有の理想論と見なされることもありますが、むしろ世界各地の先住民族の伝統を再解釈・再構成したものと捉えることができます。現行の刑事司法制度に取って代わるというより、相互に補いあうべきものと捉えるべきでしょう。

安保法制では「国民の生命や財産を守ること」と「国の存立を全うすること」とが当然のように一体化していますが、国の存立が自動的に国民を守るわけではないというのが「人間の安全保障」という考え方です。戦争のみならず、犯罪や事故、いじめや虐待によっても、人間の安全は脅かされます。不信を乗りこえて信頼を醸成し、強制力のある裁定よりも社会的ニーズの充足によって秩序を建て上げていくような、修復的実践が求められています。

(片野淳彦)

 

参考文献

石田慎一郎(編)『オルタナティブ・ジャスティス:新しい〈法と社会〉への批判的考察』大阪大学出版会、2011年。

ハワード・ゼア(森田ゆり訳)『責任と癒し:修復的正義の実践ガイド』築地書館、2008年

山下英三郎『いじめ・損なわれた関係を築きなおす:修復的対話というアプローチ』学苑社、2010年。