79.ヨーロッパにおける共通の安全保障追求の経験―OSCEなど-から何が学べるでしょうか。

 戦争の脅威さえなければ、自衛の戦争の備えは不要です。今日の欧州国際社会では軍事力が隣国に向けられることはありません。地域共通の安全共同体が形成されているからです。欧州における安全共同体創造の歴史はEC(欧州共同体)の発展に起源をたどることもできましょう。しかし国際社会が安全保障共同体を意識的にかつ組織的に創造しようとする直接のきっかけはCSCE(欧州安全保障協力会議、後のOSCE欧州安全保障協力機構)のヘルシンキ宣言にあります。

東西両ドイツを境に核戦争の勃発の危機が叫ばれていた冷戦さなかの1975年夏、全欧州諸国およびアメリカ、カナダの35カ国首脳が採択したCSCEヘルシンキ宣言を機に、欧州では安全保障概念の練り直しが行われ、多国間協力が始まりました。安全保障概念の転換を促した決定的な鍵概念が、ヘルシンキ宣言に謳われた「安全保障の不可分性」概念です。国が単独で安全保障を強化しようとすれば軍拡競争に拍車がかかり、安全保障ディレンマに陥ることになります。それを克服するために共通の安全保障の原理と原則を模索しました。CSCEを舞台に信頼安全醸成措置が首尾よく機能し、その結果、東西間に安定した軍事関係がもたらされるとともに、人権尊重、情報の普及・伝播の自由、人の国際移動の自由、離散家族の再会の自由など東西対立の壁を崩す自由化の波が東側に徐々に浸透していったことが冷戦の終結を導き、東欧の「欧州回帰」をもたらしました。

 冷戦の終結後にはCSCE/OSCEを中心に確立された共通・包括的安全保障概念が欧州全域に普及し、受容されていきました。安全を脅かす要因を伝統的な外部の軍事脅威のみならず、貧富格差をもたらす経済的要因、人権と基本的自由を脅かす独裁国家など「安全保障の人間的次元」要因にまで広げたことから、地域の安全保障共同体の創造に向けて包括的な国際安全保障への取組みが可能になりました。そして一方で、人権尊重、民主主義、法の支配を軸にグッドガバナンスを普及させ、他方で、勢力均衡方式に代わって立憲主義的な国際統治体制を確立したことで、国防とか国家安全保障政策が意味をなさなくなるほど国際平和の基盤が確立されたのです。欧州域内ではいまや自衛権に基づく武力行使を語る必要性がないほど戦争そのものが想定されえない安全保障環境が整備されました。

 欧州と東アジアの、なんという彼我の差でしょうか。勢力均衡の国際政治構造から抜け出せない限り、防衛力不足を補うために軍事同盟強化の動きが常に付きまといます。OSCEの発展の陰に、安全保障共同体創造の図面を引く学者があり、その図面の上に共同体の構築を主導していった有能な政治家の存在があったことを忘れてはならなりません。(吉川 元)

 

参考文献

吉川 元『ヨーロッパ安全保障協力会議(CSCE)―人権の国際化から民主化支援への発展過程の考察』三嶺書房、1994年。

吉川 元『国際平和とは何か―人間の安全を脅かす平和秩序の逆説』中央公論新社、2015年。