69.原子力発電所は安全保障の観点からみてどのような問題を提起するでしょうか。

 原子力発電所(原発)は、大別して軍事的安全保障と人間の安全保障のふたつの面で問題を提起します。

 まず軍事的安全保障面には主に、原発への攻撃と、核兵器開発という二点の問題があります。一点目の原発への攻撃は、1981年にイスラエルがイラクの燃料装荷前の原子炉を空爆した例はありますが、もし稼働中の原発が攻撃を受け、核燃料が冷却できないまま露出したら、被害想定も困難です。これはあまりの惨事に安全保障専門家の間では検討が「避けられてきた」「考えたくない」課題でした。また東電原発事故は、原発は一定期間冷却されなければ炉が壊れ大量の放射能が漏れ出す事実を露呈しました。周辺が戦場になり、原発が冷却できなければ、同じことがどこでも起こりえます。このことについて、原子力規制委員長は委員会の任務の範囲外と国会で答えています(2015/7/29参議院)。同委員会は原発へのテロ攻撃については「核セキュリティ」の課題として対策を立案していますが、テロを完全に防ぐことが困難なことを考慮すれば、原発は安全保障上、深刻な課題となります。

 二点目の核兵器開発の問題としては、原発でウランを燃やした後に残るプルトニウムが問題です。プルトニウムは濃度が上がれば核兵器の材料になるので、厳しい国際管理下におかれます。また、原発をもてば、核兵器を保持しようとしているのではないかと国際的に疑われます。日本にも核武装論はあります。そうすると、日本と良好な外交関係にない国々は、将来の日本の核武装の可能性も念頭に、軍備拡張に駆られます。日本はそれを脅威と受け止め、自らの軍備を拡張したり、自衛隊の任務を拡大したり、という軍拡競争が起こってしまいます。

 次に、人間の安全保障の面では主に、国内と国外での被曝という二点の問題をもたらします。一点目の国内での被曝については、事故後はもちろん、通常運転中であっても、環境基準値以下の放射性物質は、原発から排出され続けています。原発作業員の被曝も問題です。低線量でも長期間被曝したときの影響については、まだ科学的にわかっていない事や論争がたくさんあります。

 二点目の国外での被曝については、ウラン鉱石の採掘場での労働者や周辺地域の被曝、核燃料の輸送や再処理の過程での被曝をもたらします。核事故は世界中で起こってきました。そこに日本に関係する核燃料は一切無縁だと否定する根拠はないと考えられます。これらは、人間の安全保障を追求する上での問題といえます。(蓮井誠一郎)

 

参考文献

中川保雄『<増補>放射線被曝の歴史―アメリカ原爆開発から福島原発事故まで』明石書店、2011年

堀江邦夫『(増補改訂版)原発ジプシー―原発下請け労働者の記録』現代書館、2011年

石田雄『安保と原発―命を脅かす二つの聖域を問う』唯学書房、2012年

ジェイ・マーティン・グールド著、肥田舜太郞ほか訳『低線量内部被曝の脅威―原子炉周辺の健康破壊と疫学的立証の記録』緑風出版、2011年