57. 安保法案が成立した場合、日米関係はどうなるでしょうか。

 審議中の安保法案が成立すれば、日本は集団的自衛権を使うことで自衛隊の海外派兵が可能となります。集団的自衛権を使う対象となる国は、日本政府の判断する「わが国と密接な関係にある他国」となります。明らかに、米国です。また、米国と緊密な軍事同盟関係にある豪州のような国にも拡大します。

 米国との間での安全保障条約では、日本の領域以外で米軍との軍事的共同行動はとることにはなっていません。にもかかわらず、安保法案成立は安保条約の事実上の改定になるとの指摘がなされていません。

 安倍政権は、安保条約で日本に義務付けられていなくとも、日本自身の判断で米国のために集団的自衛権を行使できる、と主張します。米政府は、日本政府の軍事的な支援の申し入れに大歓迎だと思います。世界のルールを作り、その秩序を維持してきた米国にとって、自国の影響力が低下するなかで、日本の支えは重要となります。

 例えば、アフガン、イラクで米国の戦争にいち早く参戦したイギリス、米軍駐留によって安全を保つ韓国、重要な同盟国・豪州が、中国の主導するAIIB(アジア・インフラ投資銀行)に設立国として参加しています。参加を見送り、米国と行動をともにしたいという安倍政権の存在価値が、米国にとって、相対的に上がっているのは間違いありません。

 とはいえ、日本が行動をともにすることによって、米国の世界での地位の低下に歯止めがかかるわけではありません。最大の競争相手である中国との間で、安定的かつ平和的な関係を築くのか、あるいは競争相手に負けないだけなく打ち負かすだけの軍事力と経済力を得るのか、その二つの間に米国の選択肢があるのだと思われます。

 そもそも米国が最重要視する宇宙やサイバーの分野での日本の協力は、武器輸出を大幅に緩和した以上、現時点でも十分可能です。米国は、「イスラーム国」との対テロ戦争や核開発をめぐるイランとの平和共存政策にみられるように、関係国・周辺国との協調なしの軍事力偏重による問題解決の限界を味わっています。海外での米国の軍事作戦に、抑制が働くのは間違いありません。

 自国の安全を高めるための同盟関係の強化は、確かに一つの方法です。しかし、集団的自衛権を前提とする同盟強化へと走るあまり、陥る落とし穴を見過ごしてしまいます。安倍政権が対中脅威を強調して日米同盟強化へと動けば動くほどに、米国は同盟強化の目標を押し上げていきます。なぜならば、後ろに米国がしっかりとついていると日本が思い込んで、中国に対する武力行使に安易に走ってしまいかねないからです。背景には、中国との関係において、利害が日米で一致していない現実があります。自国領土である尖閣諸島について、日本は死活的だと考える一方で、米国は米中間の武力衝突には値しないと考えています。

 そもそも日米の同盟関係において、日本の安全は米国に依拠していると考えられるのに対し、米国が日本との関係を維持したいとする利益は何なのかを問うことは少ないように見受けられます。米国にとって、ほぼ自由に使える沖縄を含む日本の基地は戦略的な利益をもたらしています。この在日米軍基地は、東アジアから中東に至るまでの一大軍事的拠点となり、米国による世界秩序維持に貢献してきました。今では、米軍はイラクから撤退しアフガンでは小規模な兵力となり、日本が海外米軍基地では最大となっています。

 今般の安保法案成立により、米国はこれまで以上に日本への影響力を高めることになります。そして、米国は東アジアにおける役割を強めることになり、この地域の平和・秩序への当事者として日本の存在感は弱まるでしょう。米国は東アジアにとって重要な国でありながらも、この地域からの全面的ないし部分的な撤退という選択肢があります。

 しかし、日本はここから引っ越すことはできないのです。東アジアの一員としての平和創造は、結局のところ、外交上の努力でのみ可能となるでしょう。なぜならば、東アジアの現状が暴力の連鎖の結果である以上、軍事力を操作して一時的な平穏を確保しても、私たちは平和を具体化できないからです。この地域の人々が、当事者としての責任を果たさなければなりません。(我部政明)

 

我部政明「世界の中の沖縄」『ワセダ・レビュー』(2013年13号)

アーロン・フリードバーグ(佐橋亮監修)『支配への競争:米中対立の構図とアジアの将来』(日本評論社、2013年)

遠藤誠治編『シリーズ日本の安全保障第2巻:日米安保と自衛隊』(岩波書店、2015年)

ジェイムズ・スタインバーグ、マイケル・E・オハンロン『米中衝突を避けるために』(日本経済新聞出版社、2015年)