安保法案が成立して集団的自衛権行使のために自衛隊が武力行使を行い、米軍をはじめとする外国軍と一体となって戦争行為に加わる国家行為は、憲法9条に違反し、平和的生存権を重大・根本的に侵害するとして、当該国家行為の違憲無効確認の訴えが可能です。当該行為が完了する前の段階では差止請求も可能です。事態対処法上の存立危機事態の際に防衛出動を命じられ、重要影響事態法・国際平和支援法上の後方支援活動、捜索救助活動、船舶検査活動を命じられ、国際平和協力法上の国際連携平和安全活動を命じられた自衛官が、出動命令を拒否して懲戒処分を受け、国外犯処罰規定による処罰を受けた場合に、当該命令の違憲無効確認や差止請求を行うことができます。自衛官が戦病死した場合には、安保法案の違憲・違法性を理由にした損害賠償請求を提訴できます。
次に、一般国民が憲法の基本理念である平和主義・9条違反の国家行為によって、自らの平和的生存権をはじめとする諸々の権利や自由を侵害され、精神的苦痛と物的損害をこうむったと主張する場合には、侵害行為の違法性と被侵害利益のいずれもが明白であるときは、国家賠償請求訴訟も認められると思います。
2008年4月17日のイラク派兵差止請求事件名古屋高裁判決も、「憲法9条に違反する国の行為、すなわち戦争の遂行、武力の行使等や、戦争の準備行為等によって、個人の生命、自由が侵害され又は侵害の危険にさらされ、あるいは、現実的な戦争等による被害や恐怖にさらされるような場合、また憲法9条に違反する戦争行為への加担・協力を強制されるような場合には、平和的生存権の主として自由権的な態様の表れとして、裁判所に対し当該違憲行為の差止請求や損害賠償請求等の方法により救済を求めることができる場合があると解することができ、その限りでは平和的生存権に具体的権利性がある」と判示しています。この判決からは、①戦争行為による人的・物的被害の回避ないし救済、②戦争目的の徴兵・徴用・徴発・収用の禁止、③軍事施設周辺での人的・物的被害の保障、その原因行為の差止め、④戦争遂行への加担・協力を拒否した場合の不利益取り扱いの禁止などが読み取れます。
第三に、一般国民が、安保法案を成立させた国会議員、国務大臣の憲法99条の憲法尊重擁護義務違反を問題にして憲法訴訟を起こすことができるでしょうか。公務員の憲法尊重擁護義務は政治的効果が生じるにとどまるものですが、国会議員の違憲行為が法律の制定に直結し、国務大臣の違憲行為が政令の制定や行政処分に直結した場合には、裁判所による違憲審査の場でその法的効力が問題にされ、場合によっては、国の賠償責任が生じると解されるという学説があります。判例(在外邦人選挙権訴訟・最大判2005年9月14日)でも、立法内容が国民に憲法上保障されている権利内容を違法に侵害することが明白な場合には、例外的に、国会議員の立法行為は国家賠償法上、違法の評価を受けるという指摘があります。
いずれにしろ、これらの憲法訴訟において安保法制の違憲・違法性が説得的に主張されることになれば、裁判所による統治行為論の採用は困難となります。(稲 正樹)
参考文献
佐藤幸治「§99〔憲法尊重擁護の義務〕」樋口陽一・佐藤幸治・中村睦男・浦部法穂『注解法律学全集4・憲法Ⅳ〔第76条〜第103条〕』青林書院、2004年所収。
小林武『平和的生存権の弁証』日本評論社、2006年。
小沢隆一「平和的生存権をめぐって」戒能通厚・原田純孝・広渡清吾(編)『渡辺洋三先生追悼論集・日本社会と法律学―歴史、現状、展望』日本評論社、2009年所収。