55.安倍政権のやり方は立憲主義に反していないでしょうか。

 立憲主義とは、一般に、個人の権利・自由を守るため、憲法によって国家の統治権力に縛りをかける政治的な考え方のことをいいます。

 およそ国家が実在するところには、統治のあり方について定める憲法が存在していますが、「権利の保障が確保されず、権力の分立が定められていない社会は、憲法を有するものではない」と1789年のフランス人権宣言16条が規定するように、立憲的意味の憲法は近代市民革命を契機に制定されました。そして、法の支配、民主主義といった諸原理と密接に結びついて広がっていくことになります。立憲主義は、日本国憲法の根幹をなすものでもありますが、冷戦が終結した1990年代以降になると、東欧・旧ソ連圏など世界各地で新たに制定される憲法を支える思想にもなっていきます。

 安倍晋三首相は、「戦後70年談話」などをとおして、人権や民主主義を堅持するとはいっています。けれどもその言動には、政治権力に対する縛りをゆるめようとする姿勢が一貫して見てとれます。たとえば、政権に親和的な人物を内閣法制局長官やNHK会長に配置したり、憲法改正手続きのハードルを下げようとする試みがそうです。今般の安保法制にも、憲法上許されない行為を政府の一存で解禁しようとするところに、その様相が映し出されています。

 なかでも、まったく異なる文脈で示されていた1959年の砂川事件最高裁判決を持ちだして、集団的自衛権行使を禁ずる憲法の縛りを一方的に破砕してしまうやり方は、端的に「違憲」というべきものであり、立憲主義への根源的な挑戦にほかなりません。批判を受けて国会で謝罪したとはいえ、「法的安定性は関係ない」という首相補佐官の発言にも、憲法の縛りを軽視する非立憲的な思考態度がにじみ出ています。ちなみに、安倍首相が総裁を務める自民党の憲法改正草案(2012年4月27日決定)も、国権を拡張して人権を希薄化する規定を随所に織り込んでおり、立憲主義の考え方を弱めるものになっています。

 相互依存の進む今日、国際社会の法である国際法の果たす役割が大きくなっています。安保法制との関連で国際法を語るときには集団的自衛権の存在に焦点が当てられがちですが、じつは国際法も、武力という究極の権力行使を規制する理念を明瞭に打ちだしています。近年はさらに、人権規範に特別の重みを与え、政治権力の発現を制御しようとする性格を強めてもいます。様々な政治的利害がからみあいながらも、権力の恣意を抑え、人間の尊厳に立脚した国際秩序を築こうとする立憲主義的潮流が確実に強まっているのです。

 統治権力に対する縛りをゆるめ、人権の尊重を軽視しがちな安倍政権のやり方は、憲法のみならず国際法の規範的実情に照らしても、非立憲的という評価を免れないものです。(阿部浩己)

 

参考文献

奥平康弘・山口二郎編『集団的自衛権の何が問題か』(岩波書店、2014年)

阪口正二郎編『グローバル化と憲法[岩波講座 憲法5]』(岩波書店、2007年)