48.安保法案は自衛隊員にどのような変化、インパクトをもたらすでしょうか。

 自衛隊員(ここでは制服を着た「自衛官」に限定します)は、入隊にあたり、以下の「宣誓」をおこないます。
「私は、我が国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、日本国憲法及び法令を遵守し、一致団結、厳正な規律を保持し、常に徳操を養い、人格を尊重し、心身を鍛え、技能を磨き、政治的活動に関与せず、強い責任感をもつて専心職務の遂行に当たり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もつて国民の負託にこたえることを誓います
 斜体部分が、「自衛隊法第53条」に規定された「服務の宣誓」といわれるものです。そこには他の公務員にない(特別職国家公務員)自衛官への「責務」(生命をかける義務)が要求されています。自衛官現員22万6742人(2015年防衛白書)は、すべてこの宣誓文を読み上げ、署名、押印して入隊しました。ただし、その「服務宣誓」は、現行自衛隊法第3条にさだめられた「自衛隊は、我が国の平和と独立を守り、国の安全を守るため、直接侵略および間接侵略から我が国を守ることを主たる任務とし」を受けたもので、宣誓の対象、いわば〈契約条件〉は、あくまで「主たる任務」とされた「我が国防衛」にかかっていました。それが〈根底から覆される〉とどうなるでしょうか。安倍政権の「集団的自衛権の行使容認」=「平和安全法案」制定により、自衛隊法第3条が改正され、「直接侵略および間接侵略から」の字句が削除されたうえ、あらたに「我が国の平和及び安全に重要な影響を与える事態に対応して行う我が国の平和及び安全の確保に資する活動」という「任務」が追加されました。「重要影響事態出動」。つまり日本にたいする武力攻撃がなされていないにもかかわらず、自衛隊の出動をみとめる規定です。この「自衛隊法改正」にくわえ、新法「国際平和共同対処法」によって、諸外国の軍隊に「協力支援活動」(物品及び役務の提供)や(戦闘行為で遭難した外国軍隊への)「捜索救助活動」、(領海外における)「船舶検査活動」が任務に追加されました。いずれも「その事態に応じ合理的に必要と判断される限度で武器を使用することができる」とされます。いうまでもなく新任務は「個別的自衛権」(自国防衛)でなく「集団的自衛権」(他国防衛)のための出動であり武器使用になります。政府が「限定的であり他国防衛そのものを目的とするものではない」と主張しようと、実態にそくして考えると、「湾岸戦争」(多国籍軍)や「イラク戦争」(有志国連合)型地域紛争に自衛隊が(アメリカの要請により)海外派兵されることはまちがいありません。
 閣議決定(14年7月1日)から法案が国会で審議されるあいだ(15年6〜9月、現職自衛官の胸中はどんなものだったか。前途に不安をおぼえた隊員が少なからずいたのはまちがいありません。
 陸・海・空自衛隊が発足したのは1954年ですが、根拠法となる「自衛隊法」が成立したさい、参議院本会議は以下の付帯決議をつけました。
「本院は、自衛隊の創設に際し、現行憲法の条章と、わが国民の熾烈なる平和愛好精神に照し、海外出動はこれを行わないことを、茲(ここ)に更(あらた)めて確認する。右決議する」
 初代防衛庁長官・木村篤太郎は、「自衛隊はわが国を防衛することを任務とするものでありまして、海外派遣という目的は持っていないのであります」と決議尊重を約束しました。これは自衛隊法第3条をより明確にした立法府の意思表示です。東西冷戦終結後、自衛隊の部隊がPKO(国連平和維持活動)や「人道復興支援」の名目で海外に派遣されるようになりましたが、それらは「国際平和協力業務隊員」としての自衛官であり、とうぜんながら任務は「非戦闘地域」にける「武力行使と一体化しない」復興支援や人道救援でした。
 いま、その法的基盤が根本から覆され、法案成立後の自衛隊は「わが国を防衛する」のではなく、〈他国防衛〉の目的で〈殺し・殺される〉世界におもむかされるのです。自衛官が「事に臨んでは危険を顧みず」と誓約するのは、あくまで「憲法遵守」という前提あってのことです。安倍首相が夢みる〈美しい国〉のためでも、〈与党協議〉なる密室で合意された一内閣の憲法解釈に従う義務でもないはずです。
 わたしは、ほぼ毎年「ピースボート」に洋上講師として乗っていますが、13年のクルーズに自衛官出身の若者が6人いたので、彼らと船内企画を持ったことがあります。集団的自衛権容認に向けた安倍政権の姿勢があらわになったころでした。
フロアからいろんな質問が出ました。入隊動機は? 「強い女性になりたかった」「両親の勧め」、「自衛隊しか受からなかった」から…。職場環境は? 「公務員なので身分が安定している」、「いろんな資格が取れる」、「男女差別が少なく試験で昇進できる」…。もし「戦地派遣」を命じられたら? と問うと、「いま隊内にいる仲間は退職するでしょう」。あっさりした答えが返ってきました。
 もちろん、防衛大学校卒業の幹部自衛官のなかには歓迎し、はやり立つ者もいるでしょう。しかし大半の隊員は、「国家公務員」の安定した身分、「男女差別なし」の待遇と昇進の機会、つまり〈9条に守られた職業〉として自衛隊を選んでいるのです。逆説的ですが、〈日本の再軍備〉とはそのようなものだったともいえます。内閣府が行う防衛問題の世論調査でも、「自衛隊が存在する目的」、「自衛隊が今後力を入れていく面」、いずれも「災害派遣」がトップにきます。そのような〈大合意〉のもと、国民は自衛隊を受け入れてきたのです。
 先にみた1954年の自衛隊発足時、自衛官としての「服務宣誓」をもとめられた「旧保安隊員」の6%にあたる約7300人が宣誓を拒否して退官したという事実もあります。法案成立となれば、現職自衛官の離脱が相次ぐのは確実と思われます。(前田哲男)

参考文献
三宅勝久『自衛隊員が死んでいく』花伝社、2008年
斉藤貴男『強いられる死 自殺者3万人超えの実相』角川学芸出版、2009年
三浦耕喜『兵士を守る 自衛隊にオンブズマンを』作品社、2010