33 集団的自衛権はこれまでどのように行使されてきたのでしょうか。

 集団的自衛権とは、「自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利(資料1)」のことです。この権利は、国連憲章が作られた1945年にはじめて規定されたものであるため(論点32を参照)、これまでに行使された事例は第二次世界大戦後のものとなります。個別的・集団的自衛権はいずれも、それらを行使した加盟国が安保理に報告する義務があります(憲章第51条)。文末に掲載した一覧は、集団的自衛権の行使が安保理に報告された主な事例です。これらの過去の事例から見えてくる集団的自衛権行使の特徴として、以下の四点が指摘できます。

第一は、主要な行使国はいずれも軍事大国であること、そして大国に付き合う形でその同盟国が行使国となっているということです。集団的自衛権を行使するのが「普通の国」という説明を耳にすることがありますが、むしろ軍事大国が自国の行為の国際的正当性を示すために、またはその負担を分担するために、他の同盟国に派兵を要請することが多いのが実情です。付き合って派兵をした同盟国にもリスクは当然発生します。たとえばベトナム戦争にオーストラリアは6万人を超える人員を派兵し、10年余り続いた戦闘によって500人以上が死亡し、約3,000人が負傷しました。

第二は、行使の対象となる国や地域は、行使国の周辺地域に限定されず、遠く離れた場所にも無限定に広がっているということです。さらに2001年の米国同時多発テロ以降は、対象は国家だけでなく非国家主体にも広がっています。2014年のイラク・シリア空爆は、武装集団である「イスラーム国」を攻撃対象とするものです。

第三は、行使された地域では多くの一般市民が犠牲となり、紛争が激化して長期間続いた事例も少なくないことです。つまり、その地域の平和と安全の維持に貢献できないばかりか、紛争が泥沼化し、対象国と派兵国の双方で犠牲者が増えていった事例があることに、注意を向ける必要があります。

第四の、そして最も重要な点は、「国連憲章に基づく集団的自衛権の行使である」と行使国が主張した以下の事例の多くが、単なる侵略や軍事介入であり、集団的自衛権の濫用ではないかと批判を受けていることです。当事国が「集団的自衛権の行使だ」と主張しさえすれば、国際的に正当な行為とみなされるわけではありません。そして濫用しているとしばしば批判を受けてきた国の一つが、日本と密接な関係にある同盟国、米国であることは良く知られています。

米国に限らず、なぜ濫用が多いのかと言えば、国連憲章のもとでは、各国の判断のみで可能な武力行使は、個別的または集団的自衛権の場合だけだからです。日本だけでなく、すべての国連加盟国は国連憲章によって、戦争を含む武力を行使しない義務を負っています。そこで、各国が武力行使をする場合には、実際には個別的・集団的自衛権では説明できない事例であっても、「国連憲章の下の自衛権行使である」と主張しなければ、国際法違反となってしまいます。特に、自国に対する明白な武力攻撃が発生していないにもかかわらず行使できる集団的自衛権は、濫用されやすい傾向があるのです。

国連憲章に書かれている権利なのだから、集団的自衛権を日本も当然行使するべきだという主張は、以上の特徴から生まれる問題点について、どう考えるのかを示していません。自衛権行使の旧3要件が、今回のように丁寧な議論がないまま「必要だから」といって変更されてしまいかねないこの国では、新3要件が歯止めになる保障もありません。法案成立を急いで強行するのではなく、過去の濫用の事例をどう評価するのか、本当に集団的自衛権が日本やアジア、そして世界の平和と安全の維持に貢献できるのか、むしろ問題を作るものなのか、武力行使に頼る集団的自衛権以外の安全保障の手立てはないのかなどの論点について、丁寧に考え、議論することがまず必要だと考えます。

 

 

 

集団的自衛権として主張された事例リスト (下中・樋山(2015)を参考に筆者作成)

 

行使開始年/ 事例/ 行使国/ 対象国・地域

1956年/ ハンガリー動乱/ ソ連/ ハンガリー

1958年/ レバノン侵攻/ 米国/ レバノン

1958年/ ヨルダンへの軍事介入/ 英国/ ヨルダン

1965年/ ベトナム戦争/ 米・豪・ニュージーランド他/ 南ベトナム

1968年/ チェコスロバキア侵攻/ ソ連他/ チェコスロバキア

1979年/ アフガニスタン侵攻/ ソ連/ アフガニスタン

1981年/ ニカラグア侵攻*1/ 米国/ニカラグア

1980年/ チャドへの軍事介入/ リビア・仏・ザイール・米国/ チャド*2

1983年/ グレナダ侵攻*3/ 米国/ グレナダ

1975年/ アンゴラ内戦への派兵/ キューバ/ アンゴラ*4

1990年/ 湾岸諸国への支援/ 米国・英国/ クウェート他

1993年/ タジキスタンへの支援/ ロシア他/ タジキスタン

1998年/ 第二次コンゴ戦争/ ジンバブエ・アンゴラ・ナミビア/ コンゴ民主共和国

2001年/ アフガニスタン戦争/ 英・カナダ・仏・独・蘭・豪他/ アフガニスタン

2014年/ イラク・シリア空爆/ 米国*5/ イラク・シリア

*1 米国政府は安保理に報告はしていないが、ニカラグア事件の際に国際司法裁判所に提出した答弁書のなかで、個別的及び集団的自衛権に則った行為として説明した。

*2 リビアはググーニ派側を、仏・ザイール・米国はハブレ政権側を支援した。

*3 米国政府は安保理議長への書簡の中で、OECS(東カリブ諸国機構)による措置の一環として説明しており、憲章上の規定には言及していない。

*4 アンゴラ内戦の当事者であったMPLA(アンゴラ解放人民運動)への軍事支援。 

*5 空爆参加国は以下の通りだが、安保理に集団的自衛権に言及した報告を行ったのは米国のみ。またイラク政府からは米国に対する支援要請があったが、シリア政府からの要請はないまま空爆が行われたことから、集団的自衛権の行使には当たらない可能性が高い。

イラク空爆:米・英・仏・豪・ベルギー・カナダ・デンマーク・蘭

シリア空爆:米・バーレーン・ヨルダン・サウジアラビア・アラブ首長国連邦

(清水奈名子)

 

資料1:「衆議院議員稲葉誠一君提出「憲法、国際法と集団的自衛権」に関する質問に対する答弁書」(内閣衆質94第32号) 昭和56(1981)年5月29日。

 

参考文献・論文

下中菜都子・樋山千冬「集団的自衛権の援用事例」『レファレンス』平成27年3月号、25-48頁、2015年。http://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_9107336_po_077003.pdf?contentNo=1

豊下楢彦『集団的自衛権とは何か』岩波書店、2007年。

最上敏樹「国際法は錦の御旗ではない」『世界』2015年9月号、62-70頁、2015年。

山形英郎「必要最小限度の限定的な集団的自衛権」『法律時報』第86巻10号、2014年9月号、66-71頁、2014年。