「被爆証言」は米国の高校生らにどう伝わったのか。

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日本平和学会2015年度春季研究大会

報告レジュメ

 

「被爆証言」は米国の高校生らにどう伝わったのか。 

―――被爆者証言授業の効果と今後の課題―――

 

              横浜国立大学

              教育人間科学部 准教授

               高橋 弘司

 

キーワード:被爆者証言、米国、高校生、効果、反応

 

1.はじめに

本研究では、「原爆被害の実相」が依然、米国人に十分届いていない背景には、広島、長崎の被爆者の証言を聞く機会がないことが一因との仮説を立て、学校現場での被爆者証言活動を米国人生徒がどう受け止めたのかを分析したい。広島、長崎への原爆投下から今年で70 周年を迎えるにもかかわらず、その被害実態が依然、米国をはじめとする核保有国に届いておらず、核軍縮が遅々として進まない国際社会の現状に危機感を持ち、被爆者証言が生徒らにどのような心境や価値観の変化を起こすのかを解明するものである。

 

2.原爆投下に関する日米の認識の溝

戦後50 年を機に米国・ワシントンの「スミソニアン航空宇宙博物館」で企画された原爆展は当初、広島への原爆投下に関わった爆撃機B29「エノラ・ゲイ」号とともに被爆資料を展示し、反省と検証を促す内容だった。これに退役軍人らから猛烈な反発が巻き起こり、最終的に展示内容は大幅改変された。この論争から20年が経過したにもかかわらず、今もなお原爆をめぐる日米間の認識には大きな溝が残ったままだ。本研究は、長年放置されてきたこの日米間の溝を埋める、挑戦的な「平和教育」の効果を検証するものである

 

3.アンケート調査対象としたNPO「Hibakusya Stories」の狙いと実践

今回のアンケート調査は、米・ニューヨークに拠点を置く米NPO団体「Hibakusya Stories」の協力を受けて実施した。同団体は広島・長崎の被爆者を米国に招聘し、ニューヨークを中心とする高校を中心に、被爆者が肉声で高校生らに訴える「平和教育」を実践している。これまで通算8年に渡り、高校生を中心に総数3万人の若者(一部大学生、中学生を含む)に被爆者証言を聞かせるという実績を積んできた。

 

 

4.被爆者証言を聴いた米国人高校生らの反応と変化

上記NPO「Hibakusya Stories」の協力を得て、2014年4月下旬から5月初めにかけて同団体が主導した被爆者証言授業の際、生徒に独自の英文アンケート用紙を配付、事後に回収する方式を取った。その結果、計6校、総数約500人分のサンプルを回収することができた。

証言した被爆者や対象生徒は学校ごとに異なるため、さらに丁寧な追跡調査が必須だが「被爆者証言を聴いて、原爆や被爆者に対する見方が変わったか」との質問に、単純合算で約38%の生徒が「非常に変わった」、約29%の生徒が「少し変わった」と回答した。合わせて約67%の生徒が原爆への認識の変化を示した。

「非常に変わった」「少し変わった」と回答した生徒を対象に、自由記述方式で「どのように変わったのか」を尋ねたところ、「証言を聴くまで原爆の被害がこれほどひどいものとは思わなかった」との感想を寄せる生徒が多数にのぼった。中には「アメリカは間違ったことをした」「原爆を使用すべきではなかった」との意見や「被爆者のような苦痛を、他の誰にも体験させたくない」と核兵器廃絶に強い関心を示す生徒もいた。さらに、「アメリカ人であることを罪深く感じた」「自責の念を感じた」という感想を寄せる生徒もいた。さらに多数のサンプル調査を重ね、被爆者証言の効果を数的に実証したい。

 

 

5.依然伝わっていない原爆被害の実態

アンケートでは原爆や被爆者に関する基礎知識についても尋ねた。広島、長崎の原爆を受け、何人が生き残った数に近い数字を選ばせる4択の質問に「20万人」と正解を選んだ生徒はわずか約8%にとどまり、200人以下と答えた生徒が約52%にものぼった。核爆弾の極めて強力な破壊力だけが強調され、多数の被爆者がその後も生き延び、放射能被害が続いている実態がほとんど知られていないことがわかった。また、広島、長崎への2つの原爆投下に伴う犠牲者に近い概数を、2000人、2万人、20万人、200万人の4択から選ばせたところ、「20万人」と正解を選んだ生徒は約63%にとどまった。

「アメリカでは一般に、原爆や被爆者の犠牲がどう受け止められているか」との質問には、「学校の歴史授業で、原爆投下は第二次世界大戦を終結させたと学んだ。だが、原爆投下がよいことだったのか、悪いことだったのかという視点では教えられなかった」と米国の「歴史教育」への疑問や原爆投下の倫理的側面が問われないことへの批判の声も聞かれた。

米国では一般に、広島、長崎への原爆投下は多数の米兵を救うため「必要悪」だったとの見方が根深いが、被爆者の「生の証言」を聞くという体験が生徒の考えや価値観に少なからず影響を与える可能性があるようだ。

今回の調査は、ニューヨークにある、比較的「平和教育」に熱心な高校や中学校で行ったものである。今後、ニューヨーク以外の保守色が強い地域との比較など、調査を深めることが求められる。

参考文献

     

宇吹暁[2014],『ヒロシマ戦後史』岩波書店

安藤裕子[2011],『反核都市の論理―「ヒロシマ」という記憶の戦争(メモリーウォーズ)』三重大学出版会

奥田博子[2010],『原爆の記憶――ヒロシマ/ナガサキの思想』慶應義塾大学出版会

中村朋子[2003],『英語で読む広島・長崎文献』中国新聞社

アラン・M・ウィンクラー著[1999],『アメリカ人の核意識―ヒロシマからスミソニアンまでー』ミネルウァ書房