平日本平和学会2015年度春季研究大会
報告レジュメ
格安コピー用紙の向こう側:
グローバル環境ガバナンスのギャップ克服に向けて
北海道大学
大学院文学研究科
笹岡 正俊
麻布大学
生命・環境科学部
/熱帯林行動ネットワーク(JATAN)
原田 公
キーワード:パルプ・製紙産業、土地紛争、グローバル環境ガバナンス、ガバナンス・ギャップ、インドネシア
インドネシアのパルプ・製紙産業は1980 年代から急成長を続けてきた。主にスマトラ島とカリマンタン島で行われてきた自然林の皆伐とアカシアなどの単一樹種の大規模造林は、希少種の生息地破壊、熱帯林破壊(特に産業植林企業による泥炭地開発)に由来する大量の二酸化炭素排出とそれによる気候変動の加速化、そして、住民が慣習的に利用してきた土地に対する産業植林コンセッションの発給による住民との深刻な土地紛争など、さまざまな環境・社会問題を引き起こしてきた。
インドネシアの製紙・パルプ産業は、スマトラ島東部を拠点とする二つの巨大製紙・パルプメーカー、APP社(Asia Pulp and Paper)とAPRIL社(Asia Pacific Resources International Limited: APRIL)が全体の生産の8割を占めるといわれている。なお、日本のコピー用紙市場の約3割は、インドネシア産で、そのうちの9割は、APP社の製品である。
APP社およびそのサプライヤー(原材料供給会社、一部はAPP社の子会社)に対しては、大面積の自然林を伐採してきたこと、パルプ原料にはすべて植林材を用いると何度も公言しながら、それを守ってこなかったこと、そして、産業植林地で深刻な土地紛争が起きていることなどから、環境NGOや人権団体などから、強い批判が寄せられてきた。それを受けて、2013年2月、APP社は、第三者機関の監視の下での自然林伐採の全面的停止、「自由意志に基づいた事前の合意(Free, Prior and Informed Consent:FPIC)」やオープンな対話を原則とする紛争解決などを誓約する「森林保護方針(FCP)」を打ち出した。また、それに先立つが、APP社にとっての最大のバイヤーである日本の大手オフィス用品通販企業A社は、2012年より、APP社に委託生産させているコピー用紙の原料に森林認証パルプを用いることで責任ある原料調達を図ることを決定した。
このように、森林認証制度を取り込んだり、第三者機関が仲介する紛争解決メカニズムを活用したりするなど、製紙・パルプ産業の原材料供給地である熱帯林管理のための「グローバル環境ガバナンス」のしくみが(少なくともその制度的外観は)整いつつあるように見える。
しかし、そうした表層とは裏腹に、現場では様々な問題が起きている。例えば、森林管理認証を取っているコンセッションにおいて、自然林の伐採など、認証基準を満たさない行為が行われていたり、「公平な」立場の第三者の調停による紛争解決の仕組みがありながら、調停者のNGOが実質的に企業の代弁者となっていたり、紛争解決に依然として「暴力」が用いられたり、といった問題である。ガバナンスの理念/制度と現実との間には、このようなズレ(ガバナンス・ギャップ)が存在する。しかし、APP社やA社は、CSR広報の一環として、自らの自然環境や地域社会に配慮した取り組みについての情報発信を精力的に行っており、現場で起きている問題は、製品輸入・消費国の市民には見えにくくなっている。
この報告では、(1)まず、APP社と環境・人権NGOとの相互作用を通じて、製紙・パルプ産業の原材料供給地の熱帯林破壊や土地略奪の問題をめぐって、いかなるガバナンスの仕組みが出来上がってきたか、その過程を紹介する。(2) 次に、A社が輸入しているコピー用紙の原料調達が行われているとみられるスマトラ島ジャンビ州でのフィールドワークをもとに、どのようなガバナンス・ギャップが存在するのかを、地域住民の視点から明らかにする。(3)その上で、こうしたギャップを克服する上で、サプライチェーンの末端に位置するアクターである輸入国の消費者やNGO に何が求められるのかを考えたい。その際、こうした市民社会からのアプローチにより、どのようにグローバル環境ガバナンスのギャップを克服してゆくか、といった問題を考えるときに、平和学やその関連分野はどのような貢献ができるのか、また、その場合には、どのようなことが今後の研究課題になってくるのかといった点についてもあわせて考えたい。