2013.6.8 平和学会関西例会
於:大阪女学院
平和支援活動におけるジェンダーと統治
和田賢治
神戸大学大学院国際協力研究科研究員
wadakenji@hotmail.com
0. 報告の背景
ジェンダー問題は人権や開発の分野に分類されてきたが、2000年の国連安全保障理事会決議1325(「女性、平和、安全に関する決議」)の採択により、安全保障の分野でも扱われるようになる。こうしたジェンダー問題の安全保障問題化(securitization)により、紛争後の平和支援活動では、武力紛争における女性の経験や影響を考慮するジェンダー主流化(gender mainstreaming)が導入させる[1]。女性の安全や福利の向上に向けて、既存の取り組みが見直される一方、新たなプログラムも立ち上げられるようになっている。
1. 報告の目的
平和支援活動におけるジェンダー主流化について、Foucault的アプローチから分析
⇒ 個人に属するとされるもの(欲望、道徳、自由、ジェンダー)とグローバルな安全保障の関係の解明
Enloe「個人的なことは国際的である/国際的なことは個人的である」の現代的展開についての考察
⇒ 安全の意味の変質を促す、<個人-国際>を結ぶ権力/知の領域の拡大とアクターの多様化
2. 先行研究
(1)政策研究の問題関心――「ベスト・プラクティス」の開発
・専門家、研究者、実務者との間での経験と知識の共有
・予算の増額、専門家の増員、男女均衡などについて提言
(2)フェミニストIRの問題関心――ジェンダー概念の脱政治化に対する批判
・フェミニストIRの批判理論への貢献(Whitworth 2004)
「アイディア」の外部に「制度」は存在しない
⇒「制度」(国連と平和支援活動)を構成する「アイディア」がすでにジェンダー化されている
・<ジェンダー=女性>という「安全な概念」への衣替え(Enloe 2001)
“militarism”と“militarized masculinities”がジェンダー主流化の議論から抜け落ちる
(3)付け加えるべき問い
・ジェンダー問題の安全保障問題化は、グローバルな安全保障環境の変化といかに関係するのか?
・ジェンダー・プログラムは、その対象者をいかなる権力へと服従させる(いかに主体化する)のか?
3. 分析の視点――グローバルな統治性(global governmentality)
・統治性:<主権-統治的管理(生権力)-規律>という権力のトライアングル
・領土の安全から人口の安全へ
18世紀以降のヨーロッパ:人口管理の成否が国家の生存に直結するという認識の発展
冷戦後の国際社会:脆弱国家の人口管理の成否が国際秩序の不安定化/安定化に直結するという認識
⇒ 差し迫った脅威として、大国の軍事化よりも小国の脆弱化に対する懸念が高まる
・「例外状態」を生み出すグローバルな主権権力
脆弱国家論のベースにある主権に包摂/排除される人間の生
⇒ 改善の見込みのない個人や集団から諸権利を奪い、主体の位置から排除する
⇒ 主権の共有化と例外化の場としての平和支援活動
・人口の安全から個人の統治へ
統治のテクノロジー[2]:行為を形成し、導き、方向づけるためのあらゆる試み
⇒ 特定の行為を自発的に行う(一人ひとりがリスクを管理する)主体へと個人を変容させる
4. 事例――(1)ジェンダー・トレーニング・プログラム(2)エンパワーメント・プログラム
(1)平和維持要員(peacekeepers)を対象とするジェンダー・トレーニング・プログラム
・平和維持要員の「性」への関心の高まり
現地の女性に対する性的搾取及び性的虐待、HIV/AIDSの感染拡大
⇒ グローバルな人口管理と個人の身体の規律という2つの領域に組み込まれる「性」
・主体に与えられる目標
平和維持活動への先進国の消極的関与を埋め合わせるための途上国への任務の委譲
⇒ 「南」の肉体労働と「北」の知的労働という国際分業体制により維持される国際秩序
・主権の空白⇔規律の徹底というトレードオフ
平和維持要員は各派遣国の主権下にあるため、国際機関にも受入国にも刑事罰を下す権限がない
⇒ 先進国と国際機関によるジェンダー・トレーニング・プログラムの開発(非主権型権力)
・本質主義から構築主義への転回
性的欲望から兵士のmasculinitiesへの議論のシフト
⇒ 平和維持要員として相応しい振る舞いをするmasculineな主体の生成(Connell 2002)
⇒ “militarized masculinities”の危険ではなく、任務の「効率性」の強調(受講者の疎外感を減らす)
・構築主義から本質主義(人種主義)への反転
途上国兵士の行為を非西洋的な文化から説明する
⇒ その一方、先進国兵士の行為を個人もしくは組織の問題として説明する(Razack 2004)
(2)アフガニスタンの農村女性を対象とするエンパワーメント・プログラム
・カナダの非政府組織のエンパワーメント・プログラム “Through the Garden Gate” (2007-2011)
園芸菜園ビジネスの支援
(1)高値で取引される品質の良い野菜を生産する近代的農法の指導
(2)貯蓄と投資の方法や物流システムの整備など、経済・経営の専門知識の教授
・経済的エンパワーメント
Value Chain Programs:特定の生産品を特定の消費者に供給するために結ばれたネットワーク
(例えば、納入業者、加工業者、協同組合、卸売業者、輸送・輸出業者、小売業者など)
Business Development Services:情報、知識、技術、ネットワークを提供する非金融サービスの提供
⇒ 物資や設備の提供に比重を置く過去の貧困対策とは異なる
・主体に与えられる目標
武装勢力の資金源となる麻薬栽培の撲滅+経済的自立による貧困削減
・開発アプローチの転換
安全保障/開発の境界線の削除(Duffield 2007)
国家単位の経済成長戦略からコミュニティ単位のエンパワーメントへ
⇒ 行政サービスを私的便益へと切り替え、貧困削減の責任を国家からコミュニティへと委譲
・「自由」、「コミュニティ」、「ジェンダー」を通じた統治(Rose 1999, Rankin 1999, Sharma 2008)
選択する自由:市場における経済活動のリスクを負う合理的プレイヤー
コミュニティにおける道徳:家族をケアする責任を負うジェンダー役割(「良き妻・良き母」)
・セイフティネットとしての女性の主体化
男性中心的秩序に抵抗するよりも、その支配を補完する主体を生成するエンパワーメント
5. まとめ
グローバルな統治性(主権の変容-人口管理-自己統治)から見えてくる<女性、平和、安全>の課題
主な参考文献
Connell, Robert W. 2002, “Masculinities, the Reduction of Violence and the Pursuit of Peace,” in Cynthia Cockburn and Dubravka Zarkov eds., The Postwar Moment: Militaries and International Peacekeeping Bosnia and the Netherlands, London: Lawrence & Wishart.
Dillon, Michael and Julian Reid 2001, “Global Liberal Governance: Biopolitics, Security and War,” Millennium, 30 (1), pp.41-66.
De Larrinaga, Miguel and Marc G. Doucet 2008, “Sovereign Power and the Biopolitics of Human Security,” Security Dialogue, 39 (5), pp.517-537.
Duffield, Mark 2007, Development, Security and Unending War: Governing the World of Peoples, Cambridge: Polity.
Enloe, Cynthia 1989, Banana, Beaches and Bases: Making Feminist Sense of International Politics, Berkeley: University of California Press.
Enloe, Cynthia. 2001. “Closing Remarks”, International Peacekeeping: Special issue, Women and International Peacekeeping, Volume 8, Number 2.
Mbembe, Achille 2003, “Necropolitics,” Public Culture, 15 (1), pp. 11-40.
Rankin, Katharine N. 2001, “Governing Development: Neoliberalism, Microcredit, and Rational Economic Woman,” Economy and Society, 30 (1), pp.18-37.
Razack, Sherene H. 2004, Dark Threats and White Knights: The Somalia Affair, Pecaekeeping, and the New Imperialism, Toronto: University of Toronto Press.
Rose, Nicholas. 1999, Powers of Freedom: Reframing Political Thought, Cambridge: Cambridge University Press.
Sharma, Aradhana 2008, Logics of Empowerment: Development, Gender and Governance in Neoliberal India, London and Minneapolis: University of Minneapolis Press.
Whitworth, Sandra. 2004, Men, Militarism and UN Peacekeeping: A Gendered Analysis, Boulder: Lynne Rienner Publishers, Inc.
土佐弘之2012『野生のデモクラシー――不正義に抗する政治について』青土社。
ミシェル・フーコー2007(高桑和巳訳)『安全・領土・人口――コレージュ・ド・フランス講義 1977-1978年度』筑摩書房。
拙稿2010「統治性のグローバルな展開――平和維持活動におけるマスキュリニティをめぐる政治」佐藤幸男、前田幸男編『世界政治を思想するⅡ』国際書院、147-170頁。
―2010「グローバルな生政治の中の『女性』――カンダハールにおけるカナダの復興支援チームを事例に」『国際政治』161号、41-53頁。
―2012「アフガニスタンの農村女性に対するカナダの自立支援プログラム――統治技術としてのエンパワーメント」『カナダ研究年報』32号、19-34頁。
[1] 本報告では、「平和支援活動」を紛争解決に向けたあらゆる段階(平和強制、平和維持活動、平和構築など)を含む概念として用いる。
[2] フーコーは、統治の意味を国家の活動に限定せず、広く社会の中で実践される活動としても捉え、個人や集団の行為を形成し、導き、方向づける、あらゆる試みを含めた。このとき作用する権力の特徴は、人々を命令などにより無理に従わせようとするのではなく、事前に設定された目標を自らの目標と認識させ、その達成に向けて人々の自発性を引き出すところにある。それゆえ、フーコーは、統治の問題を支配者/服従者の関係から分析するのではなく、特定の目標の達成に進んで関与する「主体」を作り出す制度、知識、戦略などの集合体から成る「テクノロジー」として分析を行った。