“THE 30TH ANNIVERSARY OF THE DECLARATION ON THE RIGHT OF PEOPLES TO PEACE”の背景について

横浜国立大学都市イノベーション学府博士課程後期 高部優子

 

 “THE 30TH ANNIVERSARY OF THE DECLARATION ON THE RIGHT OF PEOPLES TO PEACE”の著者は、国連人権理事会の平和への権利作業部会のクリスチャン・ギジェルメ・フェルナンデズ議長(コスタリカ)と、NGOの中心的な存在だったが現在はコスタリカ政府の法律アドバイザーのダビッド・プヤナ氏である。

今年6月に作業部会に提出されたクリスチャン氏の「平和への権利新草案」(以下「新草案」)が資料として添付されており、論文の中では、平和への権利の議論や平和、人権、発展の関係性が述べられているが、これは平和を国家間の関係として捉えており、平和を人権としてとらえ、それを国際規範にするという平和への権利国際法典化の流れとは若干異なる考え方である。ここでは、上記論文が提出された背景である、国連人権理事会の審議の状況を簡単にお知らせしておきたい。

 

 

平和への権利の歴史

 1978年に国連総会で「平和的生存のための社会的準備宣言」(A/RES/33/73)が採択された。また、1984年にはクリスチャン氏の論文で取り上げている国連総会で「人民の平和への権利宣言」(A/RES/39/11)が採択された。条文は短いものだが、「私たち地球の人民は、神聖な平和への権利を有している。」と平和への権利を明確に宣言した。

その後、国連での動きは特になかったが、2000年代になってイラク戦争をきっかけに再び平和への権利の議論がはじまる。そのイニシアティブをとったのは市民社会だった。中心的な役割を果たしたのは、スペイン国際人権法協会である。2006年から世界各地でシンポジウム、専門者会議を行い、201012月にはNGOの平和への権利宣言である「サンチャゴ宣言」を採択する。この宣言は、国連人権理事会の下に設置されている諮問委員会に提出された。国連人権理事会では、2008年から平和への権利の国際法典化の促進決議を何回か採択し、2012年4月には諮問委員会が、サンチャゴ宣言をたたき台として、平和への権利の宣言草案を作成した(以下「諮問委員会案」)。

 

諮問委員会案

 諮問委員会案は、前文と14条からなる宣言で、ヨハン・ガルトゥングの平和学の理論も参考にして作られた。この宣言は、総合的で権利内容も具体的に踏み込んでいた。すべての個人は平和的生存権を有しているとし(第2条)、軍縮や軍事予算を必要最低限に減少させる国家の義務が書かれている(第3条)。さらに平和教育の規定(第4条)や多くの条文にジェンダーの視点も取り入れられている。

 この諮問委員会案については、多くの国が支持したが、アメリカ、EU、韓国、日本などからは強い反対があった。主な反対の理由は、平和は人権と認められない、国際平和に関する議論は安保理でなされるべき、などである。

 

新草案

 20132月に平和への権利作業部会の議長に就任したクリスチャン氏は、就任当初からコンセンサス方式で審議を進めて行くことを宣言していた。ただ、議長はそれ以降、政府間非公式会議を数回行っていたが、NGOには詳細な情報が入らなくなっていた。また、共著者である、スペイン国際人権法協会のダビッド氏が、201310月にコスタリカ政府の法律アドバイザーとして就任したため、NGOのイニシアティブは弱くなっていた。

 このような状況で、2014630日から5日間、人権理事会で平和への権利作業部会(第2会期)が行われた。作業部会議長のクリスチャン氏の新草案は、前文とわずか4条のみで構成され、第1条にthe right to life, in a context in which all human rights, peace and development are fully implemented.とあるものの、条文には平和への権利(right to peace)という文言自体がなくなった。

 5日間の作業部会の審議は、新草案が会議の直前に公表されたため前半は各国の議論は低迷したが、日弁連をはじめとするNGOが平和への権利を草案に入れるべきとする修正案を出すと、賛成国からも平和を権利と明記すべきとする意見が相次いで出るようになった。これに対し、アメリカは、新草案をクリスマスツリーに例え、「今のクリスマスツリーに一つのオーナメントを飾ることも許されない」として平和への権利を表現するもの一切を認めないという強硬な姿勢を貫いた。

コンセンサス方式を前提とした新草案は、反対国の合意を得るために、既存の国際文書の範囲内の内容に限定し、反対国を議論のテーブルにつかせたという功績はあった。しかし、逆に賛成国の支持を得るのは難しく、コンセンサス方式の限界を感じさせるものだった。今後は、根強い反対意見がある中で、コンセンサス方式で審議を進めて行くこと自体も問題となってこよう。

 以上のような文脈の中で、作業部会議長であるクリスチアン氏とダビッド氏により論文が公表されたものであることを念頭に、その内容を評価していただきたい。諮問委員会案は、「平和」を幅広く「積極的平和」ととらえていた。平和への権利は、その意味では平和の文化を実現していくための有力な手段でもある。これから審議され採択されていく平和への権利国連宣言の内容は、最低限でも1978年、1984年の国連総会決議よりも発展するものでなければならない。

 

笹本潤・前田朗[2011],「平和への権利を世界に―国連宣言実現の動向と運動」かもがわ出版。


平和への権利国際キャンペーン・日本実行委員会「いま知りたい平和への権利と平和的生存権45Q&A」合同出版 (201410月発売予定)