第2次安倍政権下におけるODA大綱の改定
-国家安全保障戦略のもとでの人間の安全保障-

北九州市立大学外国語学部
大平 剛

キーワード: ODA大綱改定、人間の安全保障、国家安全保障戦略、防衛装備移転三原則、積極的平和主義

1.はじめに
 今年は日本のODAが開始されてから60年という節目の年に当たる。そのような節目で第2次安倍政権は、ODA大綱の改定を今年中に実施するとしてい る。2003年時の改定と異なり、今回の改定では実施4原則にも手がつけられる可能性が高い。平和憲法と親和的であった4原則に手をつけられることは、安 倍政権が行ってきた一連の決定、すなわち国家安全保障会議の設置と国家安全保障戦略の策定、武器輸出三原則から防衛装備移転三原則への改定、集団的自衛権 行使容認の閣議決定という流れの一部として捉える必要がある。
 本報告では、ODA実施4原則に焦点を当てながら、以下の3つのことを論じる。まず、今回の改定がどのような要因を背景として行われるのかを国内要因と 国外要因とに分けて考察する。次に、日本の外交方針の柱の一つである「人間の安全保障」が、ODA政策の変化の中にあって変質しつつあることを巡視船供与 の事例から明らかにする。最後に、日本の60年に及ぶODA政策を振り返り、安全保障とODAの関係がどのように変遷してきたのかを確認する。

2.ODAを取り巻く環境変化
 昨今、開発援助の分野では新興国による援助/協力がその割合を増やしつつあり、なかでも中国による開発協力への関心が高まっている。いわゆる中国モデル と呼ばれる開発協力方式は、一方でアフリカ諸国に見られるように一定の開発成果を上げてきたが、他方で、これまでOECD/DAC諸国が援助を通じて途上 国に求めてきた民主化や人権の尊重とは一線を画す形で行われており、長年、先進国が構築してきた国際開発援助レジームにおけるルールに挑戦するものと捉え られている。しかも、中国式の開発協力は、援助・投資・貿易が三位一体となり、国家が強力な後ろ盾となって推進されていることから、開発案件の入札におい て、徐々に先進諸国から応札機会を奪うようになってきている。そのため、先進諸国内において、これに対抗すべく官民連携が推進されたり、紐付き援助の復活 が見られたりするようになっている。これはかつて1970年代頃に見られたODAの様相であり、回帰現象が起こっていると言える。また、そのことと関連し て、ODAそのものの定義を改めようという動きも出始めており、国際開発援助レジームの根幹がますます動揺している。

3.改定を促す要因
 今回のODA大綱改定を促す要因は、経済的要因と外交的要因の2つに分けて考えることができる。また、それらは国内要因と国外要因と言い換えることもで きよう。国内要因としては、日本経済団体連合会(経団連)による政策提言が挙げられる。インフラ開発案件における日本のシェアの低下、円借款におけるタイ ド(紐付き)援助の廃止により、民間企業におけるODA案件に対するうまみが無くなって久しい。日本経済の復活を目指す経団連は、タイドを復活させ、相手 国の経済成長だけでなく日本の経済成長も目指す、いわゆるウィン-ウィンを提唱している。第2次安倍政権は経済界との結びつきが強く、この経団連の主張を 取り上げる形で、官民連携によるODA(開発協力)を推進しようとしている。そこには、防衛(軍事)産業も含まれ、武器輸出三原則を防衛装備移転三原則に 切り替えるにとどまらず、大綱を改定することで、ODAによる軍事関連物資の供与を妨げる壁を取り払おうとしている。
 次に国外要因については、米国戦略のアジア回帰、すなわちリバランス戦略を挙げることができる。この戦略は中国の海洋進出に対抗し、中国封じ込めの役割 を日本やフィリピンといった同盟国に求めている。米国との間での外務防衛閣僚会議(2+2)において、日本は東南アジア諸国に巡視船艇を供与することを明 確化し、米国のリバランス戦略の一環として、日本の巡視船艇をODAを用いて供与する方針を打ち出している。
    
4.ODA大綱の改定と批判
 では、いったいどのような改定が行われようとしているのか。「ODA大綱見直しに関する有識者懇談会」による報告書の内容が明らかになるにつれて、そこ で示された内容が日本の平和主義理念と相容れない性格のものであるとの批判がなされている。すでに述べてきたODAを取り巻く環境の変化に照らし合わせな がら、見直しがどのような方向でなされるのかを確認するとともに、ODA改革ネットワークを初めとする諸団体が共同で発表した声明をもとに、主だった批判 を取り上げて考察を試みる。

5.「人間の安全保障」の変質
 すでに3で述べたように、フィリピンやベトナムといった南シナ海で中国と領有権争いをしている国々に、日本はODAを用いて巡視船艇を供与しようとして いる。それ以外にもスリランカにも話を持ちかけており、動きは南シナ海からインド洋へと広がりを見せ始めている。いわゆる中国による「真珠の首飾り」に対 抗する形で、中国包囲網を形成しようとしているのである。
 巡視船の供与は2006年にもインドネシアに対して行われたが、その際は、海賊及びテロ対策が理由であった。そのケースと今回のケースとを比較すること によって差異を明確にし、「人間の安全保障」概念が大きく変質を遂げたことを浮き彫りにする。また、そのことを60年に及ぶODAの歴史の中に位置づけ、 安全保障とODAとの関係がどのように推移してきたのかを確認するとともに、第2次安倍政権下での「人間の安全保障」が90年代後半以降のそれとは趣を異 にしていることを指摘する。