「管理ファシズム」論と現代日本政治
―「ファビオ・ファシズム」を手がかりに―

九州大学大学院法学研究院
熊野直樹

キーワード:熱狂なきファシズム、ファビオ・ファシズム、管理ファシズム、管理社会、管理国家、新保守主義

はじめに―「熱狂なきファシズム」の時代―
 本報告の目的は、現代日本政治を「管理ファシズム」と「ファビオ・ファシズム」という概念によって分析することである。以上を通じて、現代日本政治の病理及びその危険度をチェックするための危機予防論としてのファシズム論を提起することにしたい。
 嘗て丸山真男(敬称略。以下同じ)は、「民主主義の名によるファシズム」という問題提起を行ったが、この問題意識は現在その意義をますます増大させてい るといえよう。相田和弘は、現代日本の政治的状況を「熱狂なきファシズム」と規定し、その原因を「消費者民主主義」に求めている。相田によると、なんとな く進行するファシズムに熱狂はなく、人々は無関心のまま、しらけムードの中でずるずるとファシズムの台頭に手を貸し参加していくという(相田2013)。 相田の「熱狂なきファシズム」論は、現代日本の資本主義的市民社会を「消費者民主主義」と捉え、それと「熱狂なきファシズム」との因果関係を指摘した現代 ファシズム論といえる。この「熱狂なきファシズム」は、これまで日本で展開されてきたファシズム論の概念にあてはめると、戦前期に具島兼三郎が唱えた 「ファビオ・ファシズム」に該当する。

1.具島兼三郎の「ファビオ・ファシズム」論
 「ファビオ・ファシズム」とは、具島によると、ポエニ戦争においてカルタゴの勇将ハンニバルを持久策で悩ました古代ローマの執政官ファビウスから由来し ており、「持久的ファシズム」の意である(具島1936)。この「ファビオ・ファシズム」は、ファシズム政党によって政権を掌握されていないにも拘わら ず、自由民主主義体制が、立憲的、合法的手段によって、持久的、漸進的にファッショ化していく過程を分析するための概念であり、いわゆる「上からのファシ ズム」(具島1946;丸山1956)の方策とテンポを示した概念といえる。相田の「熱狂なきファシズム」と「ファビオ・ファシズム」の重要な類似点は、 民主主義体制が内部から合法的な手段で持久的に、漸進的にファッショ化していくことに着目した点である。このように「ファビオ・ファシズム」は、自由民主 主義体制が内部からなしくずし的に合法的にファッショ化していく現代政治の分析にも応用可能な概念といえる。

2.「管理社会」論から「管理ファシズム」論へ
(1)危機予防論としてのファシズム論の提起
 現代日本では、立憲デモクラシー体制がなしくずし的にかつ合法的に骨抜きにされている。「ファビオ・ファシズム」の場合、アクターがファシストか否かに 拘わらず、時の政権が意識的にせよ、無意識的にせよ、ファシズム的政策を企画・立案し、決定・実施していけば、その体制は次第にファッショ化していく。そ の際のファシズム的政策のメルクマールが、「国防国家」体制構築のための強制的画一化政策である。こうした特徴を有する政策が決定・実施されると、その体 制は漸進的、持久的にかつ合法的に変質し、体制のファッショ化は進行していく。
 こうしたファシズム的政策による体制のファッショ化を予防するための理論、いわゆる危機予防論としてのファシズム論をここでは提起したい。すなわち、現 体制のファッショ化の度合い(危険度)をその政策によって診断するためのファシズム論である。この理論では、完成されたファシズム体制の分析ではなく、体 制のファッショ化の度合いを現体制の政策によってチェックするのが特徴である。
(2)「管理社会」から「管理国家」へ   
 現在、「普通の国」、すなわち戦争をする国に向かって国民に対する危機管理が漸進的、合法的に強化されている。その際、「上から」なしくずし的に基本的 人権が骨抜きにされ、国家イデオロギーの「上から」の画一化が進んでいる。そこでは、まさにファシズム的政策が断行されており、「ハードな管理社会」と呼 ぶべき現象が進んでいる。1960年代H・マルクーゼは当時「管理社会」的状況を呈するにいたった「自由主義」的な資本主義社会も「全体主義」になってし まっているのではないかという問題提起を行った。これを受けて山口定は、「全体主義」と「管理社会」を区別して、「管理社会」論を提起した(山口 1985)。
 山口の「管理社会」論を踏まえるならば、現在の日本は、「ソフトな管理社会」から「ハードな管理社会」=「管理国家」下の社会へと移行しつつある。「管 理社会」の下では許容された「政治的リベラリズム」や「価値観の多様性」が、現在、合法的になしくずし的に骨抜きにされており、その意味で「管理国家」に なりつつあるといえる。 
(3)山口「管理ファシズム」論
 「管理社会」から「管理国家」への移行状況において、山口は「管理ファシズム」なる概念を提起している。「管理社会」とリベラルな政治による統治の共存 は可能であるが、その体制の正統性が何らかの要因によって破壊されるときに、くずれ落ちかねない「管理」を支えるために国家が強権的に介入して、「管理国 家」が生まれると山口はいう。そしてこうした事態が現実に発生すれば、それは「現代のファシズム」と呼んでよいかもしれないと述べている。さらに、山口は 今後ファッショ化にあたる動きが進展しても、それは「上から」の「権威主義的反動」を中心にしたものになるが、嘗てと異なり、「管理ファシズム」的性格を 一段と強くしたものなると予想している(山口2006)。 
 この山口の予想は、まさに現実のものになろうとしている。とりわけ3・11以降、体制の「正統性の危機」が深刻化し、非常事態においてくずれ落ちかねな い「管理」を支えるために国家が強権的に市民的な自由に介入している。まさに現在、国防を基調とした「管理国家」=「管理ファシズム」が進行しており、 「管理ファシズム」体制の構築に向けた自由民主主義体制のファッショ化=「ファビオ・ファシズム」が進行しているといえる。そこで、このような現代日本政 治について、危機予防論としてのファシズム論に依拠して診断を行う。
 
3.「管理ファシズム」論と現代日本政治―「ファビオ・ファシズム」を手がかりに―
 以下では、「管理ファシズム」論を用いるが、その際、国防を基調とした「管理国家」こそが、「新しいファシズム」体制であり、これを「管理ファシズム」 と呼ぶことにする。現在の日本は「管理社会」から「管理国家」へと移行しつつあるが、「ファビオ・ファシズム」が進行している。その際、「上から」の合法 的な手段による、持久的、漸進的な「管理ファシズム」への移行(ファッショ化)を、「ファビオ・ファシズム」と呼ぶことにする。ここでは、特に「上から」 のファシズム的政策に着目することにする。
(1)新保守主義による体制のファッショ化
 新保守主義とは、「小さいが、強い政府」のことである。経済・社会レベルでは、新自由主義ではあるが、政治レベルでは国家主義であり、「強い国家」(ス トロング・ステイト)のことである。この新保守主義による体制のファッショ化が、まさに安倍内閣の下、進行している。この体制のファッショ化の環境的要因 として指摘できるのは、グローバリズムによる国民国家の揺らぎである。そのため、国民国家の正統性を維持するために、国家(国粋)主義的再統合が試みられ ているのである。安倍内閣は、「民主主義」の名の下、人民投票独裁による強制的な画一化を通じての超国家(国粋)主義的な「管理国家」体制の構築を目指し ている(熊野2013)。
 21世紀のファシズム国家は、グローバリズムにおける人民投票独裁形態の新保守主義による国防を基調とした「管理国家」として成立する可能性が大であ る。このように、21世紀の「新しいファシズム」は、「管理ファシズム」として現出する可能性が高い。そうした意味で、現在、安倍内閣の下、「管理ファシ ズム」がなしくずし的に進行しているといえる。
(2)安倍内閣の下、進行する「ファビオ・ファシズム」
2011年3月11日の東日本大震災によって非常事態が出現して以降、非常時の危機管理が叫ばれている。こうした非常時の危機管理の流れのなかで、 2012年4月に自民党の新改憲草案が公表された。そのなかに、授権法が新たに盛り込まれている。99条1項の「内閣は法律と同一の効力を有する政令を制 定することができる」という文言がそれである。これは、ヒトラー内閣によって1933年3月に制定された全権委任法第1条と内容が酷似するものである。そ うしたなか、2012年12月に改憲を主要な政策課題とする第二次安倍内閣が成立した。
安倍は「戦後レジームからの脱却」への再チャレンジを唱えている。そのために、彼がこの間に断行した主要な政策は、1.マイナンバー法(一億総背番号 制)、2.特定秘密保護法、3.国防上の中枢をなす国家安全保障会議の設置、4.違憲の集団的自衛権容認の閣議決定である。ファシズム的政策の特徴とは、 市民的自由権の極度の制限、立憲主義の形骸化、国民管理の強化、執行権の独裁化、戦争準備体制の構築である。これらのファシズム的政策の特徴の多くが安倍 内閣の断行した政策に当てはまる。ファシズム的政策を通じての現体制のファッショ化が進行していると診断せざるを得ない。この行き着く先は、国防を基調と した「管理国家」=「管理ファシズム」の成立に他ならない。「管理ファシズム」に向かって、現在、ファシズム的政策が決定・実施されることによって自由民 主主義体制のファッショ化が合法的に、漸進的に、持久的に進行しており、まさに「ファビオ・ファシズム」が着実に進行している。

むすびにかえて―「ファビオ・ファシズム」進行による「管理ファシズム」到来の危機―
 「ファビオ・ファシズム」の背景として指摘できるのは、「参加民主主義」から「消費者民主主義」への変容である。また、ファッショ化の誘因として、アメ リカからの同調圧力が存在する。アメリカからの同調圧力が「外からのファシズム」として機能している。このように、安倍内閣の下、自由民主主義体制の ファッショ化は、「外からのファシズム」によって加速され、「管理ファシズム」の構築に向かってファシズム的政策を通じて、「上から」、合法的、持久的、 漸進的に、まさに「ファビオ・ファシズム」として進行している。  
以上が、危機予防論としてのファシズム論による現代日本政治の診断結果である。

【引用・参考文献】
具島兼三郎(1936)「ファビオ・ファッシズム其他」『公法雑誌』第2巻第11号。
具島兼三郎(1946)「侵略戦争の主体 日本フアツシズムの特質」『言論』創刊号。
具島兼三郎(1972)『現代のファシズム』青木書店(青木新書)。
熊野 直樹(2007)「二つの具島ファシズム論」『法政研究』第74巻第3号。
熊野 直樹(2013)「具島ファシズム論と現代日本の政治」木村朗・前田朗編『21世紀のグローバル・ファシズム』耕文社。
想田 和弘(2013)『日本人は民主主義を捨てたがっているのか?』岩波書店(岩波ブックレット)。
相田 和弘(2014)『熱狂なきファシズム』河出書房新社。
H・マルクーゼ(1983)生松敬三・三沢謙一訳『一次元的人間』河出書房新社(新装版第2版)。
丸山 真男(1956 / 1957)『現代政治の思想と行動 上巻・下巻』未来社。
丸山 真男(1976)『戦中と戦後の間』みすず書房。
山口  定(1985)「『管理社会』論の論理」平井友義・毛利敏彦・山口定編『統合と抵抗の政治学』有斐閣。
山口  定(2003)「丸山眞男と歴史の見方」小林正弥編『丸山眞男論』東京大学出版会。
山口  定(2006)『ファシズム』岩波書店(初出:有斐閣1979)。