忍び寄るグローバル・ファシズムの影
〜戦争前夜の時代状況における日本の選択〜

木村 朗(鹿児島大学教員、平和学専攻)

安倍政権は、昨年12月6日の特定秘密保護法案の強行採決に続き、今年7月1日には集団的自衛権の行使を容認する解釈改憲を閣議決定で強行しました。沖縄 の基地問題でも、日米同盟の再構築を自明の前提に、圧倒的多数の沖縄県民が反対する辺野古への新基地建設を何としてでも実現させる姿勢を強めています。こ のような民意を無視した強権的手法は違憲であることは明らかであり、近代立憲主義の否定と議会制民主主義の破壊に他なりません。現在の日本の状況は、「グ ローバル・ファシズム」の台頭によって新たな戦争の危機に直面しています。権力とメディアが一体化して行う情報操作によって排外主義的ナショナリズムが煽 られ、その結果、異論を許さないような集団同調主義が急速に強まり、危険な大翼賛体制が出現しつつあるといっても過言ではありません。このような危機的な 状況を打開するために、共通の問題機意識を持つ仲間たちと一緒に出版したのが、前田 朗先生(東京造形大学)と私の共編著 『21世紀のグローバル・ファシズム〜侵略戦争と暗黒社会を許さないために〜』(耕文社、2013年11月末刊行)です。
その本の「まえがき」(共同編者で執筆)では、以下のように述べています。
《「敗戦からすでに65年以上が過ぎ、近年では戦後民主主義や平和憲法を否定的にとらえ、 東京裁判史観を自虐史観として一方的に糾弾・排斥する論調や歴史認識が蔓延しています。 そればかりでなく、2001年の9・11事件以降の世界は急速に戦争ムード一色となり、 冷戦に代わってテロとの戦いが立ち上げられるなかで深刻な人権侵害と言論弾圧が生じています。 そして、新自由主義・新保守主義を2本柱とするグローバル化を背景に、世界的な規模で戦争国家、警察国家、監視社会、 格差社会(新しい身分・階級社会)への道が開かれようとしています。 いまや時代は急速に右旋回しており、私たちは戦後最大の岐路に立たされていると言っても過言ではありません。
 とりわけ1999年以降の日本は、戦後民主主義・平和主義が急速に崩壊して権力(国家)と資本(企業)が暴走し始めています。 「改革」 「安全」 をキーワードにして国家主義・軍国主義と市場万能主義・拝金主義という濁流があふれ出し、 その勢いが一気に加速化されようとしている状況にあります。 危機的な混沌状況のなかで、民衆が権力・メディアの煽動と情報操作に乗せられて弱者や体制批判者を徹底的に痛めつけ、 異論を許さないような集団同調主義、「物言えば唇寒し」 という風潮がますます強まり、1930年代と酷似した戦時翼賛体制の出現、 「戦争とファシズムの時代」 の到来が囁かれています。 すなわち 「すでにファシズムがやってきている」(斎藤貴男 『安心のファシズム』 岩波新書 2004年)のであり、 民主主義からファシズムへの移行過程における 「不可逆点」(N・プーランツァス 『ファシズムと独裁』 批評社  1983年)が再び論じられるような危機の時代を迎えているのです。
 最近の政治社会状況に目を転じるならば、昨年(2012年) 12月に再登場した安倍晋三首相は、現行憲法九条(戦争放棄、 戦力不保持の平和主義)を破棄し、国防軍の保持や国家緊急権の導入を意図し、 公の秩序の名の下に基本的人権を否定する前近代主義的かつ超国家主義的な 「自主憲法」 を制定しようとしています。 96条改正や集団的自衛権の政府解釈変更のための内閣法制局人事は、その突破口として位置づけられています。
尖閣諸島問題での中国との緊張、慰安婦(戦時性奴隷)問題など歴史認識をめぐる韓国との対立など、日本と周辺諸国との関係も急速に悪化しています。 また、日本国内でも新大久保などを中心としたヘイト・スピーチや、選挙時における日の丸の乱舞などに見られるように、 集団同調主義が強まり偏狭なナショナリズムが蔓延しています。 こうした傾向に拍車をかけているのが、権力の番犬に成り下がって民衆を扇動する大手マスコミの存在です。
 そして、こうした状況を日本にもたらしたのは、1990年代以降、とりわけ3・11 (東日本大震災・福島原発事故) 以後の政府・国会の機能不全(あるいは政党・政治家、官僚の無責任・無能力)と司法の劣化(特に検察の暴走)です。 それと同時に、政治・社会問題(特に他者・弱者)にずっと無知・無関心で有り続けてきた私たち多くの国民のあり方も問題であったと言わざるを得ません。
 安倍政権は、防衛費を増額して自衛隊を強化し米軍との一体化をさらに深化・拡大しようとしています。 そればかりでなく、秘密だらけのTPP交渉へ正式に参加し消費税を予定通り増税するとともに、 原発再稼働と海外輸出という日本社会を崩壊させる方向へと大きく舵を切ろうとしています。 このままでは、日本は経済的に破綻するだけでなく、主権を完全に喪失しかねません。 また、集団的自衛権の政府解釈変更によって明文改憲を待たずして、 海外での米国が主導する先制攻撃戦略に基づく違法な侵略戦争に自衛隊が加担する日もそう遠くないはずです。 国民の知る権利や言論の自由を制限する警察国家・監視社会をもたらすような流れも加速しています。
 米海兵隊オスプレイの沖縄への強行配備と日本全土での危険な低空飛行訓練のなし崩し的実施、 あるいはTPP参加以前の日本郵政への外資(米国保険会社アフラック)参画、秘密保全法案制定の動きはそのことを如実に物語っています。
 このような新自由主義・新保守主義(新国家主義)的な動きを容認・放置するならば、 多くの国民が貧困と抑圧に苦しむことになる新しいファシズムの到来を招くばかりでなく、再び戦争の災厄が日本とアジアにもたらされることは明らかです。 私たちは、再び戦前と同じような戦争とファシズムへの道を歩むのか、それとも平和で民主的な開かれた社会をめざすのか、 という歴史の決定的な岐路に立たされているといっても過言ではありません。 まさにいまの日本は未曾有の国家的危機のただ中にあり、真の民主主義国家なのか、独立主権国家なのかという根本問題が問われているのです。》
今回のパネルディスカッションでは、以上のような問題意識から、私たちはいま何をすべきなのかを皆さんと一緒に考えたいと思います。