21世紀の平和教育のペダゴギーを展望する ─『グローバルな世界の読み書き』を中心としたワークショップ

平和教育の実践としてのグローバルな世界の読み書き
─駒澤大学・青山女子短期大学・東京大学での実践を中心に

駒澤大学グローバル・メディア・スタディーズ学部
芝崎厚士(グローバル関係論、国際文化論) atsushis[@]komazawa-u.ac.jp

1問題の所在
A主張・手段・含意
◎主張:講義においていかに「教える」べきか?という問いの答えとして、一方向型・テキストのみの「教え込み」のみから、行動と知覚を促し「身体知」の活 性化をもたらす「模倣と習熟」を重視した「考えること・学ぶこと」を身につける手助けをする教育への転換を提唱する。
◎手段:具体的事例として「いつでも、どこでも、何からでもこの世界とこの世界の意味について学び取る力=グローバルな世界の読み書き能力」を養成する講義の試みをその叩き台として検討の俎上に載せる。
◎含意:本報告で紹介する講義の手法は、 ①辻本雅史のいう、17世紀前半のメディア革命によって成立した文字社会を前提として発展してきた近代「学校社会」が20世紀後半から21世紀前半のメ ディア革命(電子メディア)に伴い歴史的使命を終えつつある中で必要とされる「(生涯)学習社会」への転換への対応の試みである。 ②そして「身体知」の活性化にもとづく自己学習能力の養成は、近世に形成され現在も生き続ける日本の学習文化の伝統の延長線上にある。 ③さらに「学習(教授)の三原理」・「教師に対する十戒」を軸として問題発見の方法( heuristics)を体系化した数学者ポリアの教授法論とも整合的であり、 ④前世紀末以降活発に論じられるようになったマルチリテラシーの必要性とその向上のための取り組みの一例としての意義をも持つ。
B諸前提
◎前提1:「平和・国際関係」を「教えること」(平和・国際関係教育)は当該研究・教育業界者にとって、よりよい平和な世界形成のためのもっとも重要な実践のひとつである。それは何よりも「学ぶ」側に立っておこなわなければならない。
◎前提2:平和・国際関係研究業界者は「平和・国際関係」を「教えること」をこれまで以上に研究しなければならない。それも、孤立したかたちではなく学会や研究会などを通して協働して研究しなければならない(これまでの試みについては参考文献参照)。
◎前提3:「平和・国際関係」を「教える」方法(国際関係教授法)は学問というよりも技術であり、経験である。したがって、借り物競争的な(欧米、他分野 からの)知見の導入と単純な適用からではなく、各自の現在の実践を出発点として教育実践者の現場の経験を基礎において研究しなければならない。当然それは 日本の文化的社会的な必要性や適合性を満たしたものでなければならない。
◎前提4:平和・国際関係教育・教授法に関する考察においてはそもそも「何」を「どう」教えるかという対象と方法に関する2つの角度からの考察が必要である。今回の報告では「どう」に重点が置かれる。
◎前提5:本報告がとりあげる授業実践は、報告者のこれまでの取り組み、模索の一つの帰結であり、「何」を「どう」教えるかに関する上述の主張はこれらの 実践から報告者が現時点でたどり着いている一つの答えではある。しかし、それは唯一かつ最良であるということではなく、欠陥が多く改善の余地も多々ある模 索の一事例である域をでない。
2パターン1(予習不要型)「国際関係(論)」「国際関係とメディア」「 GMS
概論」
★当日は、このパターン1の授業の一部分を実際に体験していただき、その上でグループ・ディスカッションを行い意見交換をはかります。その旨予めご了解下さい。
A概要
実施先:青山学院女子短期大学現代教養学科( 2004年度.)、駒澤大学グローバル・メディア・スタディーズ学部(2006年度.)高校での模擬講義など高校生・受験生向けにも利用対象:基礎知識の ない初学者に向けた講義大学1,2年生、主に1年生高校1,2年生を対象とした模擬講義、受験生を対象とした講義でも利用人数:少ないときで20人程度 (青山学院女子短期大学)、多いときで300.400人程度形式:①テスト&解説形式②映像分析講義ノート3本:参考文献参照(いずれも「グローバル・メ ディア・スタディーズ概論(GMS概論)」
B内容
①テスト&解説
Iニュースウォッチ:新聞記事、ニュース記事の要約→解説、ポイントの説明
IIリーディング:書き下ろしないしは解説文献を利用した基礎知識の読解→解説
IIIメディアウォッチ:音楽、映像などを利用した分析→3分間作文
IVフィードバック:講義の感想
②映像分析
I前半:30分程度、常にメモをとりながら視聴させる+3分間作文+解説
II後半:同上
(前後に関連する短いリーディング、クイズなどを入れる場合もあり)
IIIフィードバック
C方法
(1)すべての作業は B4の答案用紙に行わせる。イラスト、絵なども書かせる。スライドの丸写しは不要で、自分の作業+不足な点をスライド・板書・解説から自分なりにアレンジ して補足したものを時間内でできる限り作成することを目標とする。作業中は巡回する(机間巡視)。
(2)基本フォーマットに加え、途中でクイズなどをはさむこともある。
(3)答案用紙は回収し、授業最終回に返却、試験の際は持ち込み可とする。90分で両面いっぱいに自分なりのノートを作成させる。
(4)使用したスライド、資料類は、 pdf化してウェブ上で入手可能な状態にする。
D注意点
◎枠付け (framing)の重要性:いつ、何をしなければならないか、何に注目しなければならないか、どういう風な心構えで時間を使わなければならないかを毎回注意させ、意識させる
(1)ニュースウォッチ:目と手、ポイント、ヒントなどの明示わかってもわからなくても無理矢理読むスライドの丸写しはしない
(2)リーディング:宝探し、各設問の難易度、解くポイントなどの指示時間内でどこまでできたかを評価する(スライドは講義後にウェブ上で入手可能とし、復習に役立てる)
(3)メディアウォッチ:好き嫌いではなく意図、素直にうけとってそこから何をどうイメージし、考えたかを自由に書かせる歌詞を見ながら聴かせる(特に洋楽の場合は必須)。
(4)映像分析:メモを取りながら見せることを徹底する、自分でも板書いっぱいにメモを取ってみせる。写真参照
(5)フィードバック:感想、コメント、質問など
Eシラバスの例(略)
3パターン2(予習必要型)「グローバル交流論(国際交流論)」「グローバル市民社会論」(略)
4分析と評価
Aポジティブな面
(1)充実と疲労:「親指が参るまで書け!」疲れるが楽しい。90分で一気にこれまでの自分の無知の知を知り、蒙が啓かれるきっかけとなる。「常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクションである」(アインシュタイン)ことを自覚させる。高校での模擬授業の例
(2)集中と能動:90分間集中して講義をうけられる、常に明確な目的をもって能動的に学習できる、受け身で「教わる」のではなく「学び取る、掴み取る」姿勢で時間を過ごす。知識そのものよりも「学んだ内容を全て忘れたあとに残るもの」がある cf.「教育とは、学校で習ったすべてのことを忘れてしまった後に、自分の中に残るものをいう。そして、その力を社会が直面する諸問題の解決に役立たせるべく、自ら考え行動できる人間をつくること、それが教育の目的といえよう。」(アインシュタイン)
(3)ある種の「参加型」:一対多の講義構造でありつつも一対一であるような講義(読み・理解をお互いにぶつけ合う)
(4)五感のフル活用:自分の理解、自分の考え、自分の感じたイメージなどの「自己の理解」を表現することが求められることで、理解が深まり、さらに知的興味がわき、次回へと問題意識が高まり、つながる。
(5)マルチリテラシー:いつからでも、どこからでも、なにからでも、疑問を持ち、興味を持ち、考えたり自分の意見を言えたりするアンテナを広げる
Bネガティブな面
(1)ついていけない、もっと説明してほしい:スピードが速い、解説が不十分←これらに対しては、講義の意図と求められる作業についての明確な意識付けと枠付けを根気よく繰り返すことが必須「泳げない人を2mのプールに投げ込むような授業」
(2)一種の「弁論術」(『ゴルギアス』):「迎合」と「啓蒙」のはざま使い方次第
(3)高度に専門的、体系的、網羅的な知の講義には不適
5まとめ
(1)辻本雅史の「学習社会論」:教育=おとなから子どもへの世代間の知の伝達①(印刷メディアによる革命)近世の「模倣と習熟」(手習い・素読など)に もとづく「滲み込み」式の自己学習文化→近代の学校社会における「教え込み」文化と20世紀末以降の行き詰まり(電子メディアによる革命)→自己学習文化 の再評価による(生涯)学習社会への転換の必要性
(2)ポリアの教授法論:①教師の目的=「考えること(目的のある、自発的、生産的思考=問題解決)を教える」②教授=not学問・科学 but技術(演劇、音楽、詩と冒.の比喩)
(3)ポリアの三原理:①積極的学習産婆としての教師生徒に自分で発見させよ②最良の動機付けセールスマンとしての教師生徒に結果を推測させよ③連続的段 階直観→概念→観念(カント)行動と知覚(探究)→言葉と概念(形式化)→望ましい精神的習慣(同化・消化・応用・一般化)
(4)翻訳語文化(漢語、欧米語)としての日本語の学問語彙への習熟方法意味はあとで考えるほかない「目をつぶって一思いに飛ぶ」(清水幾太郎)しかない 「未だ原語の意義を尽すに足らず」(福澤諭吉)=「とにかくここにことばを置いておくから、何とか考えてくれ、と言ったに等しい」(柳父 1974)
(5)ダイナミック・スキーマ:人間を含めた動物の認知システムの根源にある「動的、自律的に変化する知覚イメージの断片」言語=「凍ったダイナミック・スキーマ」を文法に則して「解凍」する作業(戸田 2007)
(6)開かれた意見交換、相互研鑽の場の必要性僥倖による支配からの脱却
(7)国際政治学者・平和研究者の教育活動の研究の必要性

参考文献
芝崎厚士「マイケル・ムーア対ソクラテス『弁論術』としての21世紀のメディア( GMS 講義ノート国際関係・世界政治とメディア(1))」『 Journal Of Global Media Studies』第2号(2008年3月)、75-102ページ。

芝崎厚士「 FORTUNE500 vs. 丸山眞男グローバル社会における我々の『立ち位置』を考える(GMS講義ノート国際関係・世界政治とメディア(2))」『 Journal of Global Media  Studies』第3号(2008年9月)、41-63ページ。

芝崎厚士「アル・ゴア vs夏目漱石世界の『真実』を読み解く武器としての『私の個人主義』(GMS講義ノート国際関係・世界政治とメディア(3))」『Journal Of Global Media Studies』第5号(2009年9月)、37-59ページ。

福井英次郎「一般教養科目としての国際関係論の教授法の一考察「実体験」の観点から」『埼玉県立大学紀要』2010年(12号)、89-95ページ。

矢田部順二「大学1年生に国際関係史をどう教えるか初年次における専門導入教育の試み」『修道法学』広島修道大学、31巻2号(2009年)、228-197ページ

馬場孝「国際関係学における教育方法と内容の展開(下)米学会誌(International Studies Perspectives)掲載論文サーベイ」『静岡文化芸術大学研究紀要』第10巻(2009年)、35-44ページ。

馬場孝「国際関係学における教育方法と内容の展開(上)米学会誌(International Studies Perspectives)掲載論文サーベイ」『静岡文化芸術大学研究紀要』第9巻(2008年)、5164ページ。