「ミサイル防衛」とは何か
――宇宙での核爆発・原発炎上・経済劣化を招く危険
  
立命館大学経済学部
藤岡 惇

およそ学問の原動力というのは「好奇心」だといわれるが、「平和学」だけが例外だ。「核の時代」に生きる恐怖心こそが、平和学を生み出す原動力となったからだ。
京丹後市経ケ岬の航空自衛隊経ケ岬分屯基地の隣に「ミサイル防衛」システムの一環となる「Xバンド京都レーダー基地」を建設する計画が進んでいるが、反対 運動は、「条件闘争」の域をなかなか越えられないでいる。北朝鮮や中国側からのミサイル攻撃に不安を感じ、「ミサイル防衛」(以下MDと略)というものに 幻想をもっている国民が日本には少なくないからだ。「核の時代」にMDを進めれば、どんな結果を招くのか。平和学の伝統に立ち返り、現下の米国の軍事戦略 と軍事技術をリアルに見通し、「正当な恐怖心」を国民の間で育むために、何が必要かを考えてみた。
 
「日本人の命と暮らしを守ってくれる」という幻想
米国戦略軍宇宙司令部は、地上から数百キロの近距離軌道、2万キロの測地(GPS)衛星軌道、3・6万キロの静止衛星軌道に、150基余りの軍事衛星編隊 を回らせている。宇宙という至高の高地から地球上の全戦力をネットワークで結びつけ、「敵勢力」の情報を盗聴・盗視し、この情報にもとにドローンを飛ば し、先制攻撃する新型戦争のしくみを構築してきた。じっさいイラク戦争は、2003年2月の米軍の先制攻撃から始まったし、昨年12月には、戦略軍傘下の 「地球規模直撃軍団」がシリアへの先制攻撃に踏み切る直前まで行ったことはご存知のとおり。 
今日でも、米軍との圧倒的な戦力差を考えると、北朝鮮や中国の核開発拠点やミサイル基地にたいする米軍の先制攻撃から戦争が始まる可能性が高い。そのばあ い、北朝鮮や中国は残存ミサイルを応射して反撃するだろう。MDとは、応射ミサイルを撃墜し、米国の新型戦争システムを守り、米軍を完勝に導こうとするも のであり、日本国民の命と暮らしを守るものではない。
MDによって一定の撃墜率を期待できるのは、ハマスなどの技術的に大きく劣った「敵」を相手にするばあいと、発射直後の上昇段階で敵のミサイルを探知できるときに限られる。北朝鮮や中国を念頭において経ケ岬に強力なレーダーを配置しようとするのは、そのためだ。
技術的に遅れた北朝鮮や中国が米国の攻撃を受けた場合、残存したミサイルを用いて、どこを狙って反撃してくるだろうか。MD網を正面突破することを避け て、米軍の戦争システムの最も弱い「急所」に絞って、反撃を試みよう。サイバー空間を措くとすれば、防御困難な3つのターゲット――①戦時体制には不慣れ で警戒の弱い日本の地上施設、②宇宙衛星編隊、③原発施設に狙いをつけることが予想される。

反撃の矛先は地元の施設に
イラク戦争の開戦時に米軍は、イラク軍のレーダー基地の破壊から攻撃を始めたが、反撃のばあいも同様に、レーダー基地の破壊から始まることが予想される。 そのばあい、Xバンドレーダーは可動式のため安全な場所にまず退避し、米軍関係者は地下深くに隠れ、地域住民だけが取り残され、反撃にさらされることにな るであろう。

宇宙衛星編隊を攻撃せよ
第2の標的は、米軍と諜報機関の運用する150基の軍事・諜報衛星群となる。これらの衛星は、米国が地上に設けた基地群の上に君臨し、これら基地群を統合 する「見えざる至高の基地」、基地の王様だからだ。しかもこの王様は、今のところ「横腹をさらして」巡回する「裸の王様」でもある。迎撃ミサイルで敵ミサ イルを直撃し、破壊するのは難しいが、軍事衛星には武器が搭載されていないことに加えて、定時に定位置を巡回するのだから、はるかに撃墜しやすい。
 かねてから宇宙大国は、地上からレーザー光線を発射し、衛星を照射する訓練を行ってきたが、2007年1月11日、中国軍は弾道ミサイルを、内陸部の四 川省西昌から、米国のミサイルでは迎撃できない垂直に近い角度で発射し、高度850キロの宇宙空間で自国の気象衛星を撃墜することに成功した。対抗して米 国の戦略軍司令部は、2008年2月21日にイージス巡洋艦から迎撃ミサイルを発射して、自国の軍事偵察衛星を北太平洋の上空247キロで撃墜した。MD のための迎撃ミサイルは「衛星攻撃兵器」に転用したほうが、はるかに効果的なことが明らかになった。
 13年5月15日には中国が打ち上げたロケットが、高度3万6千キロの静止軌道に達した。米国の静止衛星を撃墜する能力をもっていることを中国側が誇示 したわけだ。この事態を懸念して米国は、本年中に2機、16年に2機、合計4機の軍事衛星を静止軌道に打ち上げ、静止衛星を防衛する任務にあたらせるとい う。
精密誘導技術に難がある北朝鮮や中国のような国にとって、「裸の王様」を確実に破壊できる方策はあるのだろうか。原爆の中心部に少量の核融合物質を添加 し、100%の核分裂を実現する「ブースト型原爆」を北朝鮮は開発したという報道が流れている。軽くて小さな核弾頭を製造する技術を獲得したのだろう。弾 頭の周りにも核融合物質を配すれば、数千メガトンの核爆発力を得ることは難しくない。この種の核弾頭を3発のミサイルに装填し、迎撃ミサイルで撃墜されな いよう垂直方向に打ち上げ、高度数百キロと2万キロ、3.6万キロの空間で核爆発させるならば、「裸の王様」は致命的な打撃を受ける。1960年代初めに 米ソが行った宇宙空間での核実験が示したように、色鮮やかな巨大なオーロラが発生し、バン・アレン帯をかく乱し、衛星の電子機器は数時間から数日のうちに 故障し、莫大な量の放射能が地上に舞い降り、「裸の王様」は横死していくだろう。

原発への軍事攻撃を引き寄せる
第3のターゲットは、福島第一原発をはじめとする日本国内の54基の原発群となるだろう。福島第一原発の1-3号機内で生まれた放射性セシウムのうち、外 部に出たのは数%程度。九十数%は1-3号機の格納容器の内外にデブリ(破片)ないし汚染水という形で留まっている。加えて5-6号機や各種の燃料プール には、溶融した核燃料体の10倍の燃料体が無傷で貯蔵されている。仮に軍事攻撃を受けて、福島第一原発が全面崩壊する事態となれば、これまでの放出量とは 桁違いの放射性物質が新たに放出され、日本列島は無人化の危機を迎えるだろう(藤岡惇「軍事攻撃されれば原発はどうなるか」、後藤宣代ほか『カタストロ フィーの経済思想――震災・原発・フクシマ』2014年、昭和堂)。

平和と繁栄への代案はあるか
集団的自衛権の容認に安倍政権がこれほど固執するのはなぜか。これを容認しないかぎり、米国の軍事基地(衛星を含む)に向かうミサイルを撃墜する作業に日本を動員できないからだ。
「矛」は「盾」よりも強いこと、そのため「盾」を強化しようとしても、「矛」の軍拡を誘発する結果となることを核軍拡の歴史は証明してきた。「宇宙の穴」 に貴重な資源を投入する軍拡競争に巻き込まれていけば、丹後地域に中国・東アジアから観光客を誘致することも、工場を誘致することも難しくなる。「矛盾の 商戦」で儲けるのは「死の商人」たちだけであろう。
明治以降の日本と同様に、強兵富国の道を歩みだしたかに見える中国にたいしては、どう対処すればよいのか。65年目を迎える朝鮮戦争を終結させるととも に、「私たち日本人が犯した誤りを貴国には繰り返してほしくない」として、情理を尽くした説得を中国人たちにおこなうべきではないか。