⑮平和と芸術 : 日本平和学会2011年度秋季研究集会 平和と芸術分科会

日本平和学会 平和と芸術分科会 ニュースレター用報告


報告:浪岡新太郎(明治学院大学)

応答:湯浅正恵(広島市立大学)

資料紹介:竹内海人(明治学院大学浪岡ゼミ)

司会:福島在行(日本現代史・平和博物館研究者)


報告タイトル:

<ドヤ街における<古い>運動と<新しい>運動:寿における労働運動とアートプロジェクト>


 本報告では、日本三大ドヤ街のひとつとされる、横浜市中区寿町における社会的排除に対抗する社会運動の一つとしてのアート活動について、労働運動や福祉サービスを提供する運動との比較を通して、その活動の有効性と限界とを明らかにしようとした。

 寿町は、長らく港湾労働などで働く日雇い労働者が多く住む地区として知られた。そのために、貧困、労働賃金の未払いや健康問題、さらには外国人労働者問題など多くの社会問題が集中する街として認識されることとなり、70年代から日雇い労働組合やキリスト教系団体をはじめさまざまな住民向け「支援団体」が活発に活動する場となってきた。しかし、「日雇い労働者の街」としての寿町は90年代後半以降、大きくそのイメージを変えつつある。現在の寿町は、日雇い労働自体が減少する中、住民の高齢化が進み、その多くが生活保護をはじめとする社会保障の対象となる「福祉の街」となっている。

 こうした中、従来の<古くから存在する>支援団体と並んで、2008年にアートによる住民支援、さらには団体の言葉によれば、「社会的包摂」を目的として「寿オルタナティブネットワーク(以下KAN)」が成立した。KANはアートに特化した運動として寿町では初めての団体である。こうした<新しく成立した>団体は、<古くから存在する>支援団体からは、住民支援という観点から、必ずしも好意的に認識されていない。しかし、KANは滞在型制作を重視するなど、住民の経験、歴史をアーティストが理解し作品に取り込むことを促しており、そのために積極的に<古くから存在する>団体との結びつきを作ろうとしている。

 KANの活動は、アートを通して寿町の一般的なイメージや住民の意識を否定的なものから肯定的なものへと変えていくこと、さらにはアートを住民の生き甲斐にすることを目的としている。具体的には、作品の展示や、ドヤや公園などの施設改修の請負、住民ではない人向けのアーティストによる寿町の案内、さらにはアーティストを定着させるための拠点づくりなどを行っている。

 現在のところ主たる活動は、大学などで専門教育を受けたアーティストたちが寿町で刺激を受けて、その経験をアートの形で表現することである。その際、住民の制作への参加はきわめて限定的である。また、その作品内容において、寿町の固有性はわかりにくいものとなっている。結果的にKANが創りだす寿町のイメージが寿町の歴史を住民にとってではなく、行政や外部にとって都合のいい形で書き換え、そのことによって寿町の問題点(外国人問題やドヤの問題、アルコール中毒といったもの)が不可視化され、そこへの支援や構造の変化に繋がらない、さらには行政からの支援を減らすことになることを、<古くからの>団体のいくつかは懸念している。

 とはいえ、KANのアート活動はこれまで周辺住民や福祉に関心を持つ人に限られていた寿町と外部とのコンタクトを、アートに関心を持つ人(アーティストと観客)へと広げ、また、わずかではあるがアーティストと関係をもつ住民、住民がアート作品を楽しむ場を生みだすことで、寿町をより一般的に可視化すると同時に、医衣食住の提供といった役割に限定される傾向のあった寿町をより多様な生活の場として再定義しようとしている。

(浪岡新太郎)