日本平和学会2011年度春季研究大会
平和と芸術分科会 ニューズレター報告
司会:奥本京子 (大阪女学院大学)
報告:湯浅正恵 (広島市立大学)
タイトル:「ホシハ チカニ オドル-上関原発反対運動に呼応する一つの表現の可能性」
湯浅正恵会員による原発事故をテーマとした演劇作品についての報告の内容は以下の通りである。
報告は、1つの演劇企画の発展を追いながら、その意義について語られるものであった。2009年、広島に本社を置く中国電力が、上関原子力発電所の原子炉設置許可申請を経済産業省に提出した。28年間にわたる祝島住民の反対運動は無に帰すのか。なんとか彼らの声を一人でも多くの人に伝えようと、チェルノブイリ原発事故と東海村JCO事故で被曝した二つの身体をテーマに、ヴァイオリンと身体表現による半即興ライブ『Dialogues in the dark-光・身体・闇』が企画された。作品は2010年1月の広島での上演の後、同年11月には門司での海峡演劇祭のため4場ものの演劇作品に作り直された。また、タイトルを『ホシハ チカニ オドル』に替え、2011年1月には広島で再演された。現在、福島第一原発事故が収束する見込みすらたたない中、7月25・6日の福岡公演に向けて準備が進められているところである。
報告は、企画者であり観客でもあった湯浅会員の視点から、制作過程を振り返りながら、メルロ=ポンティの制度論や真木悠介の時間論、そしてベンヤミンの歴史哲学の概念を用いて、作品の社会運動としての可能性を論じるものだった。この作品は、「核の平和利用」の重層的な意味づけを、演劇という間主観的で間身体的な場において提示するものである。さらに、「核の平和利用」がもたらした原発事故を、近現代の様々な惨劇(原爆、「慰安婦」、パレスチナなど)とつなげ、その連関の中で新たな意味づけを見出すよう観客を促す。そうした不確定で創発性に満ちた意味創造の実践は、NPT/IAEA体制を支えてきた既存の「核の平和利用」言説を揺るがし、芸術の社会運動としての可能性を示すものであると論じられた。
報告後、活発な意見交換がなされた。その中には、「演劇はどうもよくわからない」という素朴な感想や、鎌仲ひとみ監督の『ミツバチの羽音と地球の回転』のほうが具体的に何をすべきか伝え、社会運動としての実行性を持ちやすいのではないか、といった意見もだされた。実際に、観客として、また企画者としての湯浅会員自身の中に起こった大きな混乱についての率直な告白と、その後の考察が、分科会参加者1人ひとりに響き届いたかのようであった。また、DVD上映を可能にしてくれた会場設営のおかげで、具体的な映像の鑑賞によって、報告後の対話が活性化されたことに感謝している。
今後、平和と芸術分科会では、こういった実際の芸術企画の報告、そしてその意義分析等も、大いに歓迎していきたいと考えている。実践と理論の狭間に生まれるであろう、新しい平和のアプローチに期待を寄せたいと思う。(湯浅正恵・奥本京子)