⑮平和と芸術 : 2005年度秋季研究集会

司会:奥本京子

報告:井川惺亮(長崎大学)「芸術(現代芸術)を通しての平和活動――『長崎』から」

討論:中野克彦(武蔵大学非常勤講師)


 当分科会は、「戦後」60周年に長崎にて開催されるということもあって、さまざまな思いを込めて、今回の設立後第1回目を向かえることとなった。そして、現代芸術を通した平和活動の可能性について、原爆投下から60年を経た長崎から問うという趣旨で報告が行なわれた。まずは、(1)「原爆落下中心地の碑」、(2)「ナガサキを最後の被爆地とする誓いの火」(「ナガサキ誓いの火」)という、原爆にかかわる2つの芸術作品について考察がおこなわれた。

 「原爆落下中心地の碑」は、原爆が投下された長崎市松山町にあり、黒御影石の石柱が中心地を示し、周囲はこの上空で原爆が炸裂したことを示す同心円になっている。しかしかつて長崎市によって、新たなモニュメント設置のために、撤去が検討されたことがあるという。井川氏は多くの市民とともに反対運動に立ち、結果的に碑は存続されることとなったが、この出来事は中心碑が市民にとっていかに重要な心のよりどころとなってきたかを改めて教えてくれるものであったという。井川氏はまた、その名を明らかにしていなかった中心碑の制作者に偶然会ったエピソードなどを紹介したが、その碑に対する想いと回想には感動的なものがあった。

 井川氏がデザインを担当した「ナガサキ誓いの火」は、「平和の象徴」とされるオリンピックの聖火にちなんで設置されたものである。楕円形の台座に5本の垂直柱が上方で広がりを見せる5角形を形作っている。正面性がなく、どの方向からも祈りを捧げることができるようになっている。また、台座の下には全国から寄せられた平和に関するメッセージや関係資料がタイムカプセルとして収められている。この火は世界中からすべての核兵器が廃絶されるまで灯し続けられる。すなわち長崎が世界で最後の被爆地であり続けようとする誓いが、この火にこめられているという。なお「ナガサキ誓いの火」には学生たちが折った折鶴が飾られるなど、数々のイベントも行なわれている。

 井川氏は、以上のように作品の趣旨を紹介するとともに、芸術の創作姿勢にも触れ「つくっていることが楽しい」と思えることが望ましいと述べ、行き過ぎた制度化や競争原理のなかでどれだけ創造的な芸術が生まれるかという問いを発した。そして学生達や地域市民とともに芸術活動をおこなうことの重要性を強調した。また、九州という地域からアジア諸国の芸術家と交流を行なっている現状を紹介し、今後アジアへのこうしたネットワークのひろがりを、芸術を通じた平和活動のひとつの展望として報告を終えた。

 続く中野氏による討論では、井川氏の若い世代を巻き込んだ芸術イベントに触れ、原爆や戦争の悲惨さの記憶が薄れつつある現在、かれらが芸術を通じて(とくに折鶴を折るという行為を通じて)平和の意味をたしかめることが、いかに大きな意味を持っているかが論じられた。またフロアからも積極的な意見が出され、たとえば平和と芸術の密接な関係性について、最近発見された岡本太郎の「明日の神話」に触れながら論じられた。報告会場には、井川氏の作品が展示され、参加者は実際に作品を鑑賞しながら報告に接することができるようになっていた。討論の後には、中野が作品から受けたインスピレーションをもとに、様々な楽器や音具の演奏パフォーマンスがおこなわれ、参加者もそこに関与したことは会の活性化に繋がった。この視覚作品と聴覚作品のコラボレーションによって、将来に芸術を通じた人々の輪がますます広がっていくことを祈ることとなった。

 当分科会では、今回の第1回目の会に参加してくださった参加者のみなさんとともに、メーリングリストを立ち上げた。誰でも関心のある方は参加できるので、今後とも、会を共につくっていくために、責任者までご連絡をいただければ幸いである。(報告文責 中野克彦・奥本京子)