⑦環境・平和 : 2005年度秋季研究集会

司会:戸崎純(東京都立短期大学)

報告:鴫原敦子(東北大国際文化研究科元助手)「サブシステンス視座からみた潜在能力アプローチの再検討」

討論:栗田英幸(愛媛大学)


 鴫原会員の報告は、0510月刊行の『環境平和学』(郭洋春他編著、法律文化社)第3章「潜在能力アプローチの批判的検討」をもとに行われた。報告は、A・センの潜在能力概念が、貧困克服にとって何の開発が重要なのかとして、人間の「よき生」を可能にする手段のひとつにすぎない所得の増加、経済成長を至上のものとする従来型開発の目的を問い直した点に一定の意義を認めつつも、センのアプローチが今日ますます深刻化する貧困と環境の問題に果たしてどこまで有効であるのかを問う批判的検討の試みであった。

 報告では、権原・機能・潜在能力の3つの概念からなるセンの「潜在能力アプローチ」と「潜在能力の欠如としての貧困」を簡潔に紹介した上で、まず権原概念について、それが私的所有に基づく市場経済下でのみ限定的に利用しうる概念であって、非市場経済の領域に依存する途上国の現実をとらえきれるものではなく、また、今日の貧困問題へのアプローチに不可欠な自然環境的制約の問題が等閑視されていて分析の射程距離と範囲の点で十分なものではないことが指摘された。センの「自由としての開発」アプローチに対しても、それが地域文化や社会背景によって多様である選択肢の質を問えないという問題点をもち、さらに、経済的尺度に偏った貧困概念の一面性を克服しようとした「基礎的潜在能力の欠如」も何が基礎的潜在能力であるかを明示していないため、豊かな人々のさらなる「潜在能力の拡大」が他の人々の基礎的潜在能力を脅かしかねないという現実世界の構造問題の克服に、はたして有効だろうか、というのである。環境的制約や構造的事象を根本的に問うことなく、市場経済の下での「自由の拡大」を主張するセンの理論は、現実的には世界銀行やUNDPの開発政策に見られるように、「市場への参加」とそれによる貧困の克服といった従来型開発に収斂されることになるとの指摘であった。最後に報告者は、途上国の貧困問題とは、「生存基盤の剥奪」と「生存基盤の奪還」の問題であり、それには、サブシステンス視座が有効ではないかとの問題提起を行った。

 この報告に対して討論者は、センが自由やエージェンシー概念によって「近代的人間」という社会変革の原動力に焦点を絞っており、彼のアプローチにおいても必然的に開発主義が克服されるべき対象と位置づけられていると指摘した上で、サブシステンス視座の想定する社会変革の原動力、人間像、市場認識などとセンの理論との関係について報告者の見解をただした。これに対して報告者からは、アトム化した個人ではなく、社会関係および対自然関係を有する人間像、人間主体の共同性の回復・再建、そしてそれらの関係性を壊してきた市場そのものの相対化が重要であること、そして、センの提唱する権原等の概念をサブシステンス視座から捉え直す作業が、両者のアプローチをより豊かにし得るとの回答がなされた。

 会場からは、センの理論において国家はどのように位置づけられているのか、センもまた近代化パラダイムの埒内にあり、環境問題はこのパラダイム転換を不可避としているのではないのか、などの重要な指摘があった。(蓮井誠一郎・戸﨑純)