⑦環境・平和 : 2005年度春季研究大会

司会:宮寺卓(立教大学)

報告:武者小路公秀(大阪経済法科大学)「人間安全共同体とサブシステンス」

討論:蓮井誠一郎(茨城大学)


 環境・平和分科会は環境問題を小手先の改良主義的政策で解決可能な問題とは考えず、資本主義(近代)社会の構造的問題と捉えて研究と対話を重ねてきた。そのなかでキー・コンセプトとして用いられてきたのが、サブシステンスである。今回は一層の研究の深化を求めて、人間安全保障の概念を提唱する武者小路会員に表題のテーマで報告して頂いた。

 報告では、まず人間安全保障を「生=生命=生活の中核的価値を保護して、人間としての自由と完成を目指すこと」とし、サブシステンスを「人間共同体が、生態環境との共生関係の中で自己を再生産すること」と定義した。人間安全共同体とは安全・不安全を共有する「仲間」集団であるとされ、それには直接対面して生活する基礎的共同体とより広範なネットワークをもつ拡大共同体の二つに分類される。基礎的安全共同体は伝統型の安全共同体(アグラリア)と近代型(インダストリア)に区分される。

 伝統型安全共同体は家父長制的倫理を基礎とする「むら」や「家」であり,人類のサブシステンスを支えてきた。またこれらは共同体間の商業や世界帝国との恩顧主義的なネットワークの一部をなしていた。それに対して、近代型安全共同体は近代国家であり、資本主義の論理においてグローバルな競争を行う。今日の環境および人間安全保障上の諸問題は、このグローバル大競争によってもたらされた金融・物質面での大循環が伝統的安全共同体を崩壊させたことにより発生した。

 従って、地域単位でのサブシステンスを担当する伝統型安全共同体を再構築すること、そしてそれらの共同体の間の新しい関係を構築していくことが重要な課題となる。しかし、求められる新しい共同体は従来のものと同じというわけではなく、克服すべき課題として家父長制などの問題もある。このような観点から、人身売買などによって発生するインフォーマルな共同体を多文化共生にもとづく新しい共同体のモデルとしてとして考えるという刺激的な提言が行われた。

 この報告を受けて討論者の蓮井誠一郎会員からは、国連人間の安全保障委員会の方向性と武者小路報告における人間安全保障の方向性の違いについて、報告書の文言の分析に基づく指摘がなされた。また参加者からは、「持続可能な開発」との関連、「安全保障」という概念の妥当性、フェア・トレードの妥当性などの論点について意見が提出され,活発な討論が行われた。

 このような分科会を終えて改めて驚いたのは、武者小路会員の人間安全保障論とわれわれのサブシステンス論の方向性が、まったく違うアプローチで進みながらも極めて近い地点に到達していたということである。まさしく近代(資本主義)社会はどん詰まりの危機にあるのであって、社会形成の原理的な視点からの検討と変革の可能性の模索が必要なのである。(蓮井誠一郎)