部会I「サブシステンス志向の平和学」
司会:郭洋春(立教大学)
報告:戸崎純(東京都立短期大学)「平和学と『サブシステンス』論の意義――開発主義の平和をこえて」
報告:栗田英幸(愛媛大学)「開発のディレンマを越えて――大規模資源開発とグローカル・ネットワーク」
討論:勝俣誠(明治学院大学)
部会I「サブシステンス志向の平和学」は、従来は「環境」コミッションとして立ち上げていたものを平和学会が部会への移行を促した段階で部会に転換して初めての企画であった。主要メンバーは1999 年4月に発足した「環境・平和研究会」に属しており、今まで研究成果を2冊の本に纏めてきた。今回は、初めての部会企画ということもあり、改めてわれわれが追求してきた「サブシステンス」と平和学との関わりについての認識を学会員に披瀝し、意見を求めようという試みであった。
まず、戸崎報告は最低賃金などマイナスのイメージで用いられることの多かった「サブシステンス」を、パクス・エコノミカを乗りこえ自然生態系を破壊しない人間社会のあり方を模索する視点/視座を示す概念として提起した。資本主義と産業主義は行き詰まり、地球的規模での貧困と環境破壊が人間社会の維持可能性を問い、暴力を生み出す構造それ自体の転換を迫っている。衣食住および安全・安心が過不足なく調ってある状態=サブシステンス(生存)の確保への転換が重要である。これは、開発/成長主義から離脱し、国家主義を超えて、生命維持・再生産の根源的レベルから人間社会を再構築し、「民衆の安全保障」を確保するために、マルクスやポランニーの「社会的物質代謝」概念を踏まえた視点である。この視点に立つことで過渡期に生起する多様な社会運動を射程に入れた新しい社会システムについての議論を深めることができる、とした。
次に栗田報告は、開発学という学問は、サブシステンスの破壊に依拠した社会構造を前提とした土俵の上で議論が展開されているため、深刻なディレンマに陥っている。その顕著な例が大規模資源開発である。このような開発の促進は、被害の深刻化のみならず、その抵抗として、NGOを媒介として、持続性、人権、自治といったサブシステンスに不可欠の要素のために機能する、グローカル・ネットワークを生み出した。このネットワークは、ディレンマを暴き出すのみならず、議論をサブシステンス視座の土俵へと引き入れ始め、従来では考えられないような成果を示し始めている。ここに、開発主義を越えて、サブシステンス志向への変革を促す具体的な可能性を見ることができる、とした。
これら報告に対し、これに対しコメンテーターの勝俣会員からは、ポランニーの「社会的物質代謝」を再分配としているが、これは単なる交換と同じ概念なのか。異なるとするとポランニー研究をさらに深化させることにより、ポランニー以降の社会を展望すべきではないか、という指摘があった。
また、会場からは「内発的発展」と「サブシステンス」の違いについてさらなる理論的整理が必要ではないか、という指摘があった。また、development は開発という意味だけではなく、発展という含意も含まれており、開発にも「良い開発」と「悪い開発」があり、そこをどのように整理していくかが重要であるという指摘がなされた。
報告並びにコメンテーター・会場からの意見・質問を通し、本部会のテーマである「サブシステンス志向の平和学」について議論が深められたことは、今後の「サブシステンス論」研究の深化に向けた大きな担保を築いたと言えよう。(郭洋春)